高次脳機能障害による被害の特徴

2026.08.02

高松で交通事故に遭ったHさんは、頭を強く打ち、しばらく意識が戻りませんでした。
治療が功を奏し、意識は回復しました。
命に別状はなく、傷も残りませんでした。
ご家族は、ほっと胸をなでおろしました。

問題は、そのあとに起きました。

Hさんは、些細なことですぐ激怒するようになりました。
料理の途中でガスをつけたまま、外出してしまうこともありました。
ご家族は、こう感じています。
前のこの人とは、別人のようだ、と。

これは、高次脳機能障害の典型的な現れ方です。

この記事では、次のことをお伝えします。

・なぜ、脳の損傷が画像に写らないことがあるのか
・自賠責が高次脳機能障害を認定する、4つの条件
・いちばんの落とし穴である、本人に自覚がないという問題
・等級によって、賠償額が数千万円単位で変わる理由
・ご家族が、いま記録しておくべきこと

この障害の難しさは、医学ではなく、証明にあります。
そして証明のカギを握っているのは、医師ではなく、ご家族です。
そのことを、順番にご説明します。

1 高次脳機能障害とは、何が起きている状態か

1-1 体は動くのに、脳の司令塔が壊れている

私たちの脳は、体を動かすだけの器官ではありません。
感情をおさえる。
段取りを立てる。
一つの作業を最後まで続ける。
新しいことを覚える。
こうした、人間らしい高度な働きを担っています。

高次脳機能障害とは、事故によってこの働きが失われた状態をいいます。

手足は動きます。
会話もできます。
外見上は、まったく普通に見えます。
それなのに、以前と同じ仕事ができない。
以前と同じ人柄ではない。
そういう状態です。

【用語解説】高次脳機能障害(こうじのうきのうしょうがい)
頭のケガによって意識を失った人が、その後意識を取り戻したものの、記憶力や判断力といった認知の働きに障害が残り、あわせて性格が変わってしまう障害をいいます。
医学上の呼び方と、交通事故の賠償上の呼び方には、少しずれがあります。
この記事では、賠償の場面で使われる意味で説明しています。

1-2 脳の中で、配線が引きちぎれている

なぜ、こういうことが起きるのでしょうか。

脳の中には、神経の線が無数に走っています。
この線が、脳の各部分をつないでいます。
情報は、この配線を通ってやりとりされています。

交通事故では、脳そのものが頭蓋骨の中で激しく揺さぶられます。
すると、脳の表面ではなく、内部の配線が、ねじれて引きちぎられます。
これを、びまん性軸索損傷といいます。

びまんとは、広い範囲に散らばっている、という意味です。
軸索とは、神経の線のことです。
つまり、脳のあちこちで、細い配線が少しずつ切れている状態です。

一か所が大きく壊れたわけではありません。
だから、レントゲンにもCTにも、はっきりとした傷として写りません。
それでも、脳全体の情報伝達は、確実に落ちています。

さらに、事故のあと脳が腫れ上がることもあります。
腫れると、酸素や栄養が行き渡らなくなります。
その結果、脳の細胞が死んでしまうこともあります。
呼吸を司る部分がやられれば、命に関わります。

救命救急の技術は、この数十年で大きく進歩しました。
昔なら助からなかった方が、助かるようになりました。
その一方で、命は助かったけれども高次脳機能障害が残る、という方が増えています。

2 なぜ、認定がこれほど難しいのか

2-1 画像に写らないという壁

骨折であれば、レントゲンで一目瞭然です。
脳出血であれば、CTにはっきり写ります。

高次脳機能障害は、そうではありません。
CTやMRIを撮っても、ここが壊れています、と指し示せる場所がないことが多いのです。

すると、こういう争いになります。
本当に事故のせいなのか。
もともとそういう性格だったのではないか。
年齢による物忘れではないのか。

相手方の保険会社は、画像に異常がないことを理由に、認定に消極的な姿勢をとることがあります。
悪意というより、客観的な証拠がなければ社内で決裁が通らない、という構造の問題です。

2-2 いちばんの落とし穴、本人に自覚がない

ここが、この記事でもっともお伝えしたい点です。

高次脳機能障害の多くの方は、自分が変わったことに気づいていません。
これを、病識の欠如といいます。

医師の前では、こうおっしゃいます。
特に困っていません。
もう治りました。
普通に生活できています。

ご本人は、嘘をついているわけではありません。
自分を客観的に振り返る働き自体が、損なわれているのです。

そして、診察は数十分です。
その短い時間であれば、なんとか受け答えができてしまいます。
結果として、カルテには、経過良好、と書かれることになります。

一方、ご家族は毎日一緒にいます。
だから分かります。
同じ話を何度も繰り返す。
約束を忘れる。
突然、怒鳴る。
洗濯機の使い方が分からなくなっている。

この差が、認定を大きく左右します。

【弁護士の視点】家族の観察が、この障害の中心的な証拠になる
他のケガであれば、証拠の中心は画像や検査結果です。
高次脳機能障害だけは違います。
最大の証拠は、ご家族による日々の観察です。
自賠責の手続でも、ご家族が記入する日常生活の報告書類が、判断の重要な材料になります。
ですから、思い出して書くのではなく、その日のうちにメモしておくことをお勧めしています。
半年後に、いつ何があったかを正確に書き起こすのは、ほとんど不可能だからです。

3 自賠責は、4つの条件で判断している

自賠責保険では、次の要素をあわせて検討し、高次脳機能障害の有無を判断しています。

3-1 条件その1、事故直後に意識障害があったこと

まず、頭部に外傷を負う事故が起きたこと。
そして、その結果として意識障害が生じたことが必要です。

目安とされているのは、次の2つです。

昏睡または半昏睡が、おおむね6時間以上続いたこと。
これは、JCSで3桁、またはGCSで8点以下にあたる状態です。

あるいは、より軽い意識障害が、1週間以上続いたこと。
これは、JCSで1桁から2桁、GCSで13点から14点にあたる状態です。

【用語解説】JCS・GCS
どちらも、意識がどの程度あるかを数値で表す指標です。
JCSは日本で広く使われている方式で、数字が大きいほど重い意識障害を意味します。
GCSは国際的に使われる方式で、こちらは点数が低いほど重い状態を意味します。
救急搬送時のカルテに、必ず記録されています。

3-2 条件その2、傷病名がついていること

脳挫傷、くも膜下出血、急性硬膜下血腫、びまん性軸索損傷。
こうした、脳の損傷を示す診断名がついていることが求められます。

3-3 条件その3、時間をおいた画像に変化があること

ここが、実務では見落とされやすい部分です。

事故直後の画像と、数か月経ってからの画像とを比べます。
そして、脳の内部にある空洞、脳室と呼ばれる部分が広がっていないか。
脳全体が縮んでいないか。
それを確認します。

脳の配線が失われれば、その分だけ体積が減ります。
減った分を埋めるように、脳室が広がって見えるのです。
つまり、直接の傷は写らなくても、失われた結果は写ることがある、ということです。

必要な場合には、脳の血流や代謝を見るSPECTやPETといった検査が、補助的な所見として使われることもあります。

【弁護士の視点】比較するための最初の1枚が、消えていることがある
比較には、事故直後の画像が必要です。
ところが、救急で運ばれた病院と、その後に転院した病院とが別、というケースは珍しくありません。
転院の際に画像データを引き継いでいないと、あとから取り寄せる手間が生じます。
病院には保存期間の定めもあります。
急性期の画像は、早い段階で確保しておく。
これは、ご家族にしかできない備えです。

3-4 条件その4、それらしい症状が現れていること

そして、高次脳機能障害を疑わせる症状があることです。
代表的なものを挙げます。

失語。
言葉が出てこない、あるいは相手の言葉が理解できない状態です。

失行。
体は動くのに、服を着る、道具を使うといった動作の段取りが組めない状態です。

失認。
見えているのに、それが何か分からない。
左側にあるものを見落とし続ける、といった症状もあります。

地誌的障害。
何十年も通った道で迷う。
新しい道順が覚えられない。

記憶障害。
さっき聞いたことを忘れる。
空白を埋めようとして、事実でない話をしてしまうこともあります。

遂行機能障害。
指示されればできるのに、自分から計画を立てて動くことができない。

注意障害。
気が散りやすく、一つの作業が長続きしない。

人格変化。
怒りっぽくなる。
我慢がきかない。
意欲がわかず、一日中座っている。

これらは、神経心理学的検査によって数値化することができます。
知能を調べる検査、記憶力を調べる検査、注意力を調べる検査などがあります。
ご家族の観察と、検査の数値と、その両方がそろって初めて、説得力のある主張になります。

4 脳震盪と言われても、安心はできません

ここで、注意していただきたいことがあります。

病院で、脳震盪です、大事には至りませんでした、と説明されることがあります。
ご家族は安心されます。

しかし、意識を失っていた時間が長く、その程度が重かった場合には、その後に高次脳機能障害が現れてくることがあります。
症状は、退院してから、日常生活に戻って初めて表面化することが多いのです。
病院という守られた環境では、段取りを組む力も、感情を抑える力も、あまり試されないからです。

特にお子さんの場合は、注意が必要です。
幼い時期に脳を損傷しても、その時点では大きな問題が見えないことがあります。
成長して、より複雑な課題を求められる年齢になったときに、初めて困難が現れることがあるのです。
そのため、お子さんの場合は、症状固定の時期を慎重に見極める必要があります。

意識障害があった事故のあとは、ご家族と周囲の方で、しばらく注意深く見守ってください。
おかしいと思ったら、その場でメモを残してください。

5 等級によって、賠償額は桁が変わる

5-1 6つの等級と、その分かれ目

高次脳機能障害の等級は、おおまかに6段階に分かれています。
分かれ目は、どれだけ介護が必要か、そしてどれだけ働けるか、です。

別表第一の1級。
生命維持に必要な行為にも、常に介護が必要な状態です。

別表第一の2級。
必要に応じて介護が必要な状態です。

別表第二の3級。
自分の身の回りのことはできるが、働くことができない状態です。

5級。
単純な作業であれば就労できるが、特に配慮された環境が必要な状態です。

7級。
一般就労はできるが、作業能力が明らかに劣り、職場で相当の配慮が必要な状態です。

9級。
一般就労は可能で、問題なくできる仕事も多いが、作業の速度や持続力に問題がある状態です。

労働能力の喪失率は、3級までが100パーセント、5級が79パーセント、7級が56パーセント、9級が35パーセントとされています。

5-2 7級と9級の間に、大きな段差がある

実務でもっとも争いになるのは、7級と9級の境目です。

どちらも、働けてはいます。
違いは、周囲がどれだけ支えているか、という点にあります。

ここで問題になるのが、事故前との比較です。
たとえば、勤務先が事情を理解して、負担の軽い部署に配置換えをしてくれたとします。
本人の給料は、変わっていません。

すると、こう言われることがあります。
収入が減っていないのだから、損害はないのではないか、と。

これは、正しくありません。
収入が維持されているのは、勤務先の好意によるものです。
将来にわたって、その好意が続く保証はありません。
昇進の機会も、転職の可能性も、事実上失われています。

このとき役に立つのが、事故前の記録です。
勤務評価、営業成績、資格の取得歴。
学生であれば、成績表や部活動の記録。
以前はこれだけできていた、という証拠が、変化の大きさを裏づけます。

【用語解説】逸失利益(いっしつりえき)
後遺障害のせいで、将来受け取れなくなる収入のことです。
事故前の年収に、労働能力喪失率と、働ける年数に応じた係数を掛けて計算します。
若い方ほど、対象となる年数が長くなるため、金額は大きくなります。

5-3 将来の介護費という、もう一つの柱

重い等級では、逸失利益と並んで、将来の介護費が大きな金額を占めます。

介護が何年必要になるかは、平均余命をもとに計算されます。
30代で1級と認定されれば、50年分を超えることもあります。

ご家族が介護する場合と、職業の介護人に頼む場合とでは、日額の考え方が変わります。
また、自宅の改修費用、車いす、将来の買い替え費用なども、損害として主張することができます。

この部分は、事案ごとの差が非常に大きいところです。
どこまでを損害として認めてもらえるかは、実際の生活の様子をどれだけ具体的に示せるかにかかっています。

6 同じ事故を、4つの立場から見てみる

なぜ、話がかみ合わないのか。
立場を並べると、理由が見えてきます。

ご本人の立場。
自分は治ったと感じています。
家族が心配しすぎだと思っています。
仕事がうまくいかないのは、周りのせいだと感じることもあります。

ご家族の立場。
毎日、緊張が続いています。
以前の家族はもう戻らないのだ、という喪失感を抱えています。
それでいて、外からは、元気そうでよかったですね、と言われます。
この孤独が、非常に重いものになります。

保険会社の立場。
判断できるのは、提出された書類だけです。
画像に異常がなく、診断書に経過良好と書かれていれば、それに沿って処理します。

医師の立場。
医師の仕事は、命を救い、治療することです。
賠償のための書類を整えることではありません。
また、外来の診察時間内に、生活上の困りごとをすべて把握するのは、現実には困難です。
だからこそ、ご家族から具体的に伝えていただく必要があります。

この4つを並べると、問題の正体が見えてきます。
誰かが悪いのではありません。
ご本人が自覚できない障害を、誰が言葉にして記録に残すのか。
その役割が、制度上、宙に浮いているのです。

7 いま、できること

7-1 記録を、今日から始めてください

日付を書き、その日にあった具体的な出来事を残してください。
評価は要りません。
事実だけで十分です。

たとえば、こういう書き方です。
午前中に3回、同じ質問をした。
鍋を火にかけたまま、居間でテレビを見ていた。
買い物に行き、頼んだ品と違うものを買ってきた。
理由のはっきりしないことで、10分ほど怒鳴った。

こうした記録は、日常生活の状況を報告する書類を作るときに、そのまま使えます。
また、医師に症状を伝えるときの資料にもなります。

7-2 医師に、生活の様子を伝えてください

診察には、できるだけご家族が同席してください。
そして、家庭での様子を具体的に伝えてください。

ご本人だけの受け答えでは、実態が伝わりません。
医師も、情報がなければ書類に書きようがありません。
必要な検査を受けられるかどうかも、ここで決まってきます。

7-3 判断能力に不安があるときの手続

症状が重く、ご本人が契約の意味を理解できない状態の場合。
そのままでは、示談の合意そのものが有効に成立しない可能性があります。

この場合には、家庭裁判所で成年後見人を選んでもらう手続が必要になることがあります。
時間がかかる手続ですので、早めに見通しを立てておくことが大切です。

7-4 相談を考えてよい場面

必ず弁護士に依頼してください、と申し上げるつもりはありません。
症状が軽く、時間とともに落ち着いていく方もいらっしゃいます。

ただ、次のいずれかに当てはまる場合は、一度話を聞いてもらう意味があると思います。

事故の直後に、意識を失っていた時間があった場合。
退院後、以前とは人が変わったと感じている場合。
本人には自覚がなく、家族だけが困っている場合。
提示された等級に、実際の生活との開きを感じている場合。

費用が心配だ、という方も多いと思います。
ご自身やご家族の自動車保険に、弁護士費用特約が付いていないか確認してみてください。
付いていれば、多くの場合、費用のご負担なく依頼することができます。
同居のご家族の契約で使えることもあります。

高次脳機能障害は、本人が助けを求めにくい障害です。
だからこそ、気づいた方が動くしかありません。
その最初の一歩が、今日の記録です。

被害者に役立つ情報

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