脊髄損傷の後遺障害

脊髄とは、脳からお尻まで背骨(脊椎)の中を通っている神経のことを指します。
脳から出された信号は神経を通って身体の各部分に伝わり、また身体の各所から信号が脳へと伝わります。
例えば熱いフライパンに触った場合、指から『高温の物を触った』という信号が送られ、受け取った脳は『高温の物から手が離れるために、腕の筋肉は収縮してひじを曲げろ』という信号を瞬時に腕に返します。
神経の多くは、脊髄を通って途中で身体の各所や様々な臓器に分岐しており、神経の大きな通り道と言えます。
そのため、脊髄損傷が起こった場合、脳からの信号が身体の各所に行かず、また身体の各所からの痛覚や触覚などが脳に行かないため、身体が自由に動かせず感覚麻痺に陥ることになります。
脊髄損傷は、交通事故による後遺障害の中でも特に重く、一度損傷すると回復が難しい深刻な障害です。
この記事では、脊髄損傷が起こる仕組みから、日常生活への影響、後遺障害等級の認定、慰謝料や介護費用の考え方まで、まとめて解説します。
1.脊髄損傷が起こる仕組みと損傷部位
脊髄の中の神経の分岐のイメージは、信号を送りあう臓器や身体の部位の高さの位置で神経が分岐する、というのが分かりやすいです。
腰で脊髄損傷が起これば腰より下、胸で起これば胸より下、首で起これば首より下に、麻痺や感覚異常が起こります。
首の「頚椎」の損傷は重症化の危険がある
一口に脊髄損傷と言っても、より脳に近い上部で起こった脊髄損傷の方が、後遺障害が現れる箇所が多くなり、首部分での脊髄損傷はもっとも重篤であると言えます。
首の頚椎レベルで脊髄を損傷すると、両手足すべてに麻痺が及ぶ四肢麻痺となり、損傷位置がさらに高いと、自力での呼吸が困難となって人工呼吸器が手放せなくなることもあります。
首の部分にある7つの背骨のこと。
この中を通る脊髄が損傷すると、損傷の高さによって腕から下、あるいは首から下の広範囲に麻痺が生じる。
人体で最も損傷の影響が大きい部位のひとつとされる。
脊髄損傷の発見にはCTやMRIが使われる
脊髄損傷箇所の発見には、レントゲンよりもCTやMRIによるものが多いです。
脊髄は脊椎内を通っているため、脊椎内で切断している場合にはレントゲンでは見つかりにくく、より微細に確認できるCTやMRIを用いての検査で、脊髄損傷箇所を確認できるからです。
完全損傷と不完全損傷がある
脊髄損傷は、完全に切断された『完全脊髄損傷』のほかに、一部が損傷した『不完全脊髄損傷』もあります。
脊髄は神経の束であるため、不完全脊髄損傷が起こった箇所により、ある程度どのような障害が起こるかを予想できます。
例えば、脊髄を断面で見て皮質脊髄路内を通る神経は、外側から仙髄、腰髄、胸髄、頸髄へ行く経路順になっているため、CTやMRIで断裂している部分を確認することで
『仙髄の経路部分が断裂しているので、足の付け根あたりから麻痺が出る』
『胸の脊髄の背側の一部に断裂がみられるため、胸から下の部分に触覚や痛覚などを感じない感覚障害が現れるかもしれない』
というような予想ができるのです。
2.脊髄は自己再生しないという大きな壁
脊髄損傷が最も厄介なのが、脊髄は自己再生しないため、断裂してしまうと元に戻らない、という点です。
筋肉の断裂などは自己回復で修復するときもあるのですが、脊髄は断裂してしまうと治療方法が現在の医療技術ではありません。
iPS細胞など再生医療の分野においても、脊髄の再生は研究課題として挙がっていますが、現段階では研究途中です。
完全損傷は、脊髄が完全に断たれ、その位置から下への運動・感覚の伝達がすべて失われた状態。
不完全損傷は、脊髄の一部が残っており、運動や感覚の一部が保たれている状態を指す。
不完全損傷の方が、リハビリによる機能改善の余地が残されている場合が多い。
リハビリとQOLを重視した治療になる
脊髄損傷となった場合には有効な治療が乏しいため、リハビリテーションやQOLを重視した治療方針が取られます。
仮に脊髄損傷で手首から先に麻痺が起こった場合、腕の運動機能に障害が起こっていないのならば腕全体の機能を伸ばし、今まで手首の先だけでしていたことを腕全体を使ってするといったリハビリが行われます。
また、脊髄損傷により今まで通りの生活が送れなくなったことに対して、QOLの維持・向上をめざし、新たなリハビリの提案や新規の補助道具の試用などが行われます。
生活の質、と訳される考え方。
病気や障害があっても、その人らしく満足度の高い生活を送れるかどうかを重視する。
治すことが難しい脊髄損傷では、症状を減らすことと同じくらい、このQOLの向上が治療の柱になる。
介護の負担が家族に重くのしかかる
脊髄損傷の患者の中でも全身麻痺や下半身麻痺の患者に関する問題で大きなものが、介護の問題です。
下半身麻痺のみの場合、上半身に麻痺が無いため車いすがあれば移動できると思われがちですが、高齢の患者のケースでは上半身に麻痺がなくとも運動機能の低下があり、介護の必要性があることもあります。
また、全身麻痺のケースでは、病院に預けるのには費用が掛かるし自宅介護では家族に負担がかかりすぎる、というジレンマを、患者家族が抱えることになります。
3.日常生活への影響
脊髄損傷の代表的な障害は、麻痺です。
交通事故で足の麻痺の後遺症を抱える人が多くいるのは、直接的に足に受傷した以外にも、脊髄損傷が原因で足に麻痺が出ているケースが多いからです。
脊髄損傷が起こった箇所により麻痺の範囲が変わりますが、ほとんどが脊髄損傷を受傷した箇所より下の部位に麻痺が起こるため、麻痺で歩くことができない脊髄損傷患者でも、足だけが麻痺して動かない患者もいれば、首から下の全身麻痺で人工呼吸なしでは生きられない患者もいます。
全身麻痺では完全介護が必要になる
全身麻痺の場合、患者は動くことができないため、日常生活の介助のほかに完全介護が必要となります。
全身麻痺ですと自律神経が働いていないため、排便排尿の処理のほかに、体温の調整や内臓の機能不全に対する観察及び投薬など、きめ細やかな介護が必要になるからです。
介護のためにはバリアフリー構造が必要となる
下半身麻痺で車いすが不可欠の場合、車いすで生活できる体制づくりが必要となります。
バリアフリーマンションであれば、車いすでも一人で生活できることもありますが、そうでない場合はかなりの困難が付きまとうことがあります。
家の中は段差がないフラットな住宅というのはありそうですが、玄関は段差があることがほとんどなので、段差解消のためのスロープが必要であったり、玄関が狭くスロープの設置ができないといったケースもあります。
また、廊下の幅が狭く車いすが通れないといったこともあり、交通事故で車いすとなったことをきっかけに、引っ越しを余儀なくされることもあります。
こうした住宅改造費や転居費用は、後遺障害の損害賠償として加害者側に請求できる場合があるため、領収書や見積書は必ず保管しておくことが大切です。
筋肉の硬直や痙攣が起こることもある
筋肉麻痺の場合、筋肉が弛緩して力が入らない状態が恒久化するのではなく、反対に筋肉が緊張して硬直化するケースや、弛緩と硬直を思わぬタイミングで引き起こしたり、痙攣するといったケースもあります。
身体は動くが、感覚だけが麻痺するケースもある
不完全脊髄損傷の場合、感覚・知覚機能だけが麻痺することがあります。
感覚・知覚機能の麻痺とは、触れた感覚がない、熱さや冷たさを感じない、痛みを感じないといった症状が出ることです。
足に麻痺が出て歩行困難となるよりも障害の程度は低いと思われる方もいますが、そう簡単なものではありません。
触覚が麻痺している場合、普通ならば尖った物に軽く触れたときに、これ以上深く触れると怪我をすると察知して手をひっこめますが、触れたことに気が付かず手に刺さって、痛みを感じてようやく手をひっこめるため、怪我を負う可能性が高くなります。
さらに痛覚がない場合には怪我をしていても気が付かないため、他の人からの指摘で大きな怪我をしていることに気が付いたり、怪我をそのまま放置して化膿する危険性があります。
また、熱さ冷たさを感じない場合には、火傷や凍傷を負う可能性が高まるため、日頃から注意が必要になります。
家庭ではこたつや電気毛布、トイレの温熱便座などで低温やけどを負うケースがあり、冬季はさらに気を付けなければいけません。
排便・排尿障害への対応
脊髄損傷により排便・排尿障害が現れた場合は、自分で排便・排尿のコントロールができないため、重度の障害では常時おむつの着用が必要になります。
特に排便は軟便が出るだけでなく、便秘となることも多いため、便秘薬・下剤の服用や浣腸の使用、重度の便秘時には摘便などが必要になります。
身体に麻痺がある場合、自分で浣腸や摘便を行うのは困難であるため、介護者にしてもらう必要があります。
排尿障害では、尿が膀胱にたまったまま出せなくなることで尿路感染症や腎機能の低下を招くこともあり、定期的な導尿や泌尿器科での管理が欠かせません。
自律神経の障害は見逃されやすい
脊髄損傷で自律神経に障害が起こった場合、自律神経失調症と同じ症状が出ます。
自律神経失調症の症状には、全身倦怠、めまい、頭痛、動悸、血圧の上下、下痢、便秘、不安感、緊張、イライラ、発汗、ふるえ、肩こり、吐き気、食欲不振、不眠などがあります。
自律神経失調症の症状は更年期障害の症状とも類似しているため、脊髄損傷であっても麻痺等の症状が出ておらず、MRIなどで脊髄損傷が見つかっていない場合には、交通事故とは関係なく単なる加齢による自律神経失調症、と医師も見逃してしまうこともあるため、交通事故を境にこういった症状が出た場合には、医師に精密検査を依頼してもよいでしょう。
4.脊髄損傷の後遺障害認定について
交通事故による脊髄損傷の後遺障害は、損傷を負った脊髄の箇所、損傷の度合いにより大きく変わります。
そのため、後遺障害等級も後遺障害の症状により大きく変わり、重度のものであれば一番高い介護第1級となりますが、軽微なものであれば一番低い第14級、もしくは後遺障害が認められないものまで、かなり幅広くあります。
脊髄損傷に対する後遺障害認定の要件は、細かく条件付けされています。
介護第1級(自賠責保険金額4000万円)
・神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの
介護第2級(自賠責保険金額3000万円)
・神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの
第3級(自賠責保険金額2219万円)
・神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの
第5級(自賠責保険金額1574万円)
・神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの 「身体的能力の低下などのため、独力では一般平均人の4分の1程度の労働能力しか残されていないもの」
第7級(自賠責保険金額1051万円)
・神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの 「中程度の障害のために、労働能力が一般平均人以下に明らかに低下しているもので、独力では一般平均人の2分の1程度の労働能力しか残されていないもの」
第9級(自賠責保険金額616万円)
・神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの 「社会通念上、その就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの」
第12級(自賠責保険金額224万円)
・局部に頑固な神経症状を残すもの
第14級(自賠責保険金額75万円)
・局部に神経症状を残すもの
重大な脊髄損傷の場合には、介護1級・介護2級となる
脊髄損傷の後遺障害が重く介護が必要な状態の場合、介護1級と介護2級とのどちらで認定がなされるかで大きく変わってきます。
第5級・第7級・第9級では収入の減額をベースとした考え方があり、脊髄損傷となったため退社を余儀なくされ無収入となった、というような実情と合わないケースが発生することもあります。
後遺障害等級の考え方では実際の労働能力の有無が問題であり、脊髄損傷により退職した後に就職できるかどうかまでは考慮していません。
認定を左右するのは客観的な検査所見
脊髄損傷の等級認定では、MRIなどの画像で損傷が確認できるか、そして麻痺の範囲や程度を示す神経学的検査の結果が非常に重視されます。
特に手足の麻痺については、徒手筋力テストで筋力の低下を数値化し、症状の重さを客観的に示すことが求められます。
自覚症状を訴えるだけでは適正な等級につながりにくいため、症状を裏付ける検査を漏れなく受けておくことが重要です。
医師や理学療法士が手で抵抗を加えながら、患者の筋力を0から5の6段階で評価する検査。
麻痺がどの程度残っているかを客観的な数値で示すことができ、後遺障害等級の判断材料として重視される。
5.適正な賠償を受けるための注意点
脊髄損傷は完治が不可能であるため、後遺障害が出た場合には一生涯付き合っていかなければならず、示談には慎重さが求められます。
ここでは、被害者やご家族が適正な賠償を受けるために知っておきたい点を整理します。
弁護士基準なら慰謝料が大幅に増額する
後遺障害認定されるか否かで、後遺障害慰謝料が支払われるかどうかが変わってくるのですが、弁護士を通じて請求する場合には判例基準で請求するため、自賠責基準に比べると大幅に増額します。
自賠責基準だと慰謝料部分は第1級で1100万円、第2級で958万円、第3級で829万円、第5級で559万円、第7級で409万円、第9級で245万円、第12級で93万円、第14級で32万円です。
しかし判例基準ですと第1級で2800万円、第2級で2370万円、第3級で1990万円、第5級で1400万円、第7級で1000万円、第9級で690万円、第12級で290万円、第14級で110万円なので、差は2~3倍近くなります。
自賠責基準は、自賠責保険から支払われる最低限の補償額を算定する基準。
弁護士基準(判例基準)は、過去の裁判例をもとにした基準で、3つある算定基準の中で最も高額になる。
同じ後遺障害でも、どの基準で計算するかによって慰謝料が2~3倍変わることがある。
将来の介護費用も請求できる
介護第1級や介護第2級の場合には、将来的な介護費用の請求もできます。
弁護士を通さない場合には、最小限の介護費用だけであったり、ひどい場合には介護費用の提示すらしない保険会社もあります。
その点、弁護士を通じて示談交渉を行うと、脊髄損傷患者の実情に合った一生涯の介護プランを立てて費用を請求するため、介護費用だけでも数千万円の違いが発生することもあります。
逸失利益と将来の付随費用も見落とさない
脊髄損傷では、麻痺による労働能力の低下に対して逸失利益を請求できます。
若い被害者の場合、労働能力を喪失する期間が長くなるため、逸失利益は数千万円規模になることもあります。
さらに、車いすや介護用ベッドなどの補装具は消耗するたびに買い替えが必要になるため、将来にわたる買い替え費用も損害として主張できる場合があります。
後遺障害で労働能力が落ちたために、将来得られるはずだった収入が得られなくなった分の損害のこと。
基礎収入・労働能力喪失率・喪失期間をもとに計算される。
重い脊髄損傷では慰謝料と並んで賠償額の大きな柱となる。
6.示談を急がず、早めに弁護士へ相談を
脊髄損傷の賠償は、慰謝料・逸失利益・介護費用・住宅改造費など項目が多く、金額も高額になるため、被害者側と保険会社側で主張が食い違いやすい分野です。
一度示談が成立すると、あとから金額を増やすことは原則としてできません。
そのため、示談を急がず、内容をしっかり精査してから合意することが何より大切です。
ご自身やご家族の自動車保険に弁護士費用特約が付いていれば、多くの場合300万円まで弁護士費用が保険で賄われ、特約を使っても保険等級は下がらないのが一般的です。
早い段階で弁護士に相談するのが理想ですが、遅くとも相手側が示談書を提示した時点で、弁護士に示談内容を精査してもらうとよいでしょう。
脊髄損傷という重い後遺障害だからこそ、一生涯を見据えた適正な賠償を受けるために、交通事故に詳しい弁護士への相談をご検討ください。
