首の後遺障害について

1.首の後遺障害とは ― 重要器官が集中する「身体の生命線」
交通事故における首の受傷率は、非常に高いです。
軽微な接触事故でも首のむち打ちを受傷することが多いため、総交通事故数で見ると、圧倒的に首の受傷率が高くなるからです。
交通事故で首の怪我と言うと、むち打ちを思い浮かべる人が多いのですが、むち打ちのほかに、骨折や脊髄損傷・筋肉断裂・咽喉損傷など、多岐にわたります。
首は頭と胴体をつないでいるため、神経・血管・食道・リンパ腺など、重要な器官が集中しています。
太さにしてわずか10数センチの部位に、脳への血流、全身への神経、呼吸と食事の通り道が束ねられている、いわば身体の生命線と言えます。
また、成人で体重の6分の1の重量がある頭部を支えているため、首に異常があり頭が支えられないと、肩こりだけでなく、平衡感覚のずれから身体のバランスが崩れることがあります。
2.首の痛みの原因は多岐にわたる
首の障害で一番多いのはむち打ちですが、首の痛みを総じてむち打ちということが多く、首の痛みの原因は多岐にわたります。
むち打ちの原因で一番多いものは、首の筋肉の損傷です。
足首のねん挫と同じように、可動域を超えた強い衝撃により筋肉が断裂してしまい、痛みを生じるのですが、自己治癒により筋肉の損傷が癒えれば、痛みは治まります。
次が、骨のズレによるものです。
骨が本来あるべき位置からずれてしまうと、骨同士が当たったり、骨と骨の間に神経が挟まったり、骨が神経を圧迫したりと、神経に干渉した痛みが生じることが多いです。
骨を本来の位置に治せば治癒していくことが多いのですが、神経自身を傷つけてしまったり、骨が摩耗等により変形してしまったりしていた場合には、それでは完治することはありません。
つまり、同じ首の痛みでも、筋肉なのか、骨なのか、神経なのか、原因によって治療方法も回復の見通しもまったく変わってくるのです。
痛みが長引く場合には、レントゲンだけでなく、筋肉や神経の状態が確認できるMRI検査を受けて、原因を特定することが重要になります。
3.首の受傷で最も重篤な「脊髄損傷」
首の受傷による傷害で最も重症ともいえるのが、脊髄損傷です。
脊髄は、脳から尾てい骨まで脊椎(背骨)の中を通っている神経の束で、脊髄から神経が分岐して、内臓や四肢などの各器官に伸びています。
脊髄からの神経の分岐のイメージは、脳から脊髄が伸びていて、木の枝の様に脊髄から左右に神経が出ている形です。
そのため、中心部分の脊髄が損傷した部分から下の神経は、麻痺してしまいます。
腰の脊髄を完全断裂した場合には、腰より下の神経が麻痺してしまうため、足が動かない、足の触覚・痛覚・温感・冷感などを感じない、といった状態になります。
首の脊髄損傷が脊髄損傷の中でも重症と言われるのは、神経の統率器官である脳に近い首部分の脊髄を損傷したことにより、首より下に脳からの命令が送れなくなり、全身麻痺が起こるからです。
脊髄損傷を受傷した首から下が麻痺したことにより、人によっては自発呼吸が出来ずに、人工呼吸器が常時必要になります。
また、自律神経もうまく働かず、体温調整がうまくできなかったり、排便・排尿も任意にできなかったり、症状によっては顔面の麻痺も起こり、発語や食事も困難となります。
なお、脊髄損傷には、神経が完全に断たれた完全損傷と、一部の機能が残っている不完全損傷があり、不完全損傷の場合はリハビリにより機能の回復が見込めることもあります。
覚えておきたいのは、事故現場での対応です。
首を骨折している人をむやみに動かすと、折れた骨が脊髄を傷つけて麻痺を悪化させる恐れがあるため、事故で首を強く痛めた人がいる場合には、無理に動かさず救急隊の到着を待つことが原則です。
脊髄損傷のうち、損傷部分より下の運動機能・感覚が完全に失われたものを完全損傷、一部でも機能が残っているものを不完全損傷という。
不完全損傷はリハビリによる回復の余地があるが、完全損傷した脊髄の再生は現在の医療では困難とされ、再生医療の研究が進められている段階にある。
4.のど(食道・声帯)の損傷
首の中には、のどの器官が通っており、大きく分けて3つの役目があります。
1つ目は、呼吸時に口と肺をつなぐ、空気の通路の役目。
2つ目は、飲食時に口と胃をつなぐ、経口摂取のための役目。
3つ目は、声帯を震わせて発声する役目です。
交通事故で、車の部品や患者自身が骨折した首の骨の破片が、食道などののどの器官を傷つけるということがあります。
事故直後に受傷が認められた場合にはすぐに外科的な処置がされますが、微細なもので気が付かないということがあります。
食道の損傷が大きく、縫合で処置しきれないケースでは、食道再建手術が行われることもあります。
交通事故で声帯が傷つくことは稀ですが、声帯が傷ついた場合には、かすれ声、声が出なくなる、といった障害が起こります。
声帯が激しく傷ついた場合には、声帯の治療手術や再建手術が行われますが、交通事故以前の声質と変わってしまう事もあります。
また、のどの損傷や神経の麻痺により、飲み込む機能に障害が出ると、食べ物や飲み物が誤って気管に入る誤嚥(ごえん)が起こりやすくなります。
誤嚥は、むせるだけでは済まず、気管に入った食べ物から肺炎を起こす誤嚥性肺炎につながる恐れがあるため、飲み込みにくさやむせやすさが続く場合には、早めに耳鼻咽喉科で嚥下機能の検査を受けることが大切です。
食べ物や唾液が誤って気管や肺に入り、そこに含まれる細菌によって起こる肺炎のこと。
のどの損傷や神経麻痺で飲み込む機能が低下すると起こりやすくなり、特に高齢者では命に関わることもあるため、嚥下機能の障害は軽視できない。
5.日常生活への影響① 痛みと可動域の制限
交通事故の首の障害で起こる日常生活の支障の代表的なものが、痛みと言えます。
交通事故の首の痛みの代表的な原因に、むち打ちがあります。
人身事故の場合、多くのケースでむち打ちが伴います。
例えば、低速の自動車が歩行者と衝突したといった交通事故の場合、衝突された歩行者が膝に怪我を負うほかに、衝突の衝撃で頭がふられて、歩行者のみならず運転手もむち打ちを負うことがあるからです。
むち打ちの痛みは、軽い張りのある痛みから、コルセットが必要な激しい痛みまで、幅が大きいです。
そのため、むち打ちとはいえ時として、動かすと痛みが生じるだけでなく、常時痛みがあり、体を起こすことも困難というケースもあります。
また、激しい痛みが続くのではなく、肩の張りや眼精疲労・頭痛など、慢性的な肩こりのような症状が続くことがあります。
交通事故前から肩こりの症状があった場合、交通事故から痛みがひどくなっても、交通事故が遠因にあると気が付かないこともあります。
また、首の骨を骨折するなどして、首の可動域が狭まる事があります。
首に軽い痛みもしくは痛みが無くとも、首を左右や上下に向けられない、もしくは1方向だけは動かすことができない、といった症状が起こる事があります。
リハビリなどの治療により可動域が広がる事もありますが、首の骨に異常がある場合には、あまり改善しないこともあります。
首が回らないことによる不便は、想像以上に生活に浸透します。
車の運転時の後方確認や車線変更が困難になる、頭上や足元の物を見るのに体ごと向きを変える必要がある、美容院や歯科医院で姿勢を保てない、など、細かな支障が積み重なっていくのです。
6.日常生活への影響② 声・食事への影響
交通事故では、首の外ではなく、中の器官の声帯や食道を痛めるケースがあります。
声帯は発声に大きく関係しており、声帯がぴったりと閉まらなくなるとかすれ声になり、大きく損傷すると発声すらできなくなります。
また、声帯が変形することで、交通事故以前と声質が変わり、患者が違和感をおぼえて、うつ病になるといったケースもあります。
声は本人にとって、顔と同じくらいその人らしさを形づくるものです。
教師・営業職・電話対応の仕事・歌手など、声を使う職業の場合には、声の障害が仕事の継続そのものを脅かすため、逸失利益の面でも大きな問題となります。
食道が傷ついた場合、のどの痛みや呼吸困難・吐き気、食べ物や飲み物を飲みこんだ際に痛みを感じたり、むせたりします。
食道が傷ついていることに気が付かず、
『交通事故後、たまに軽い呼吸困難が起こる』、
『交通事故後しばらくしてから、のどに炎症と痛みが起こり、腫れてきた』
といった症状が出たので詳しく検査をしてみると、食道に穴があり空気がそこから漏れていたり、その穴に食べ物が入り込み腐敗して炎症を起こしていたりという症例もあります。
交通事故の後に、のどの違和感・飲み込みにくさ・声の変化が続く場合には、外科だけでなく耳鼻咽喉科でも検査を受けることをお勧めします。
7.日常生活への影響③ 血管・リンパの障害
首には頸動脈という大きな血管が通っており、リンパ液が流れるリンパ腺もあります。
交通事故により、直接的に血管やリンパ腺が傷つけられるほかに、骨の変形や筋肉の腫れにより圧迫されて、血液やリンパ液の流れが悪くなることがあります。
頭への血流量が減ると、慢性的に頭部が酸欠状態となるため、脳貧血を起こしやすくなります。
酸欠だと、めまいや気絶、吐き気、思考能力や判断能力の低下などの症状があるのですが、更年期や高齢期の愁訴と似ているため、年齢的なもの、と患者自身も交通事故による首の受傷が原因だと気づかないこともあります。
また、リンパ液は、身体の老廃物を回収して尿などで排出するほかに、免疫作用に深くかかわりがあります。
リンパ液の流れが滞ると、老廃物が溜まりやすく、免疫力が低下します。
首のリンパ節の障害により頭部へのリンパ液の循環に支障が生じると、老廃物が溜まりやすくなるため、顔のむくみや顔色の悪さが表れます。
首より上には、眼・鼻・口・喉といった粘膜があり、細菌やウィルスは粘膜に付着し侵入してきます。
通常ならば、血液やリンパ液中の白血球などが細菌やウィルスを殺して、体内での増殖を防ぎます。
しかし、血液やリンパ液の流れが良くないと、十分に免疫作用が働かなくなります。
そのため、『風邪をひきやすくなった』、『疲れやすくなった』、といった症状が現れてきます。
このように、首の障害は、痛みという分かりやすい形だけでなく、めまい・むくみ・疲れやすさといった、一見関係のなさそうな不調として現れることがあります。
交通事故の後に原因不明の体調不良が続く場合には、首の受傷との関連を疑い、医師に事故のことを伝えた上で検査を受けてみましょう。
8.首の後遺障害認定について
交通事故での首に関係する後遺障害は、むち打ちといった比較的軽度なものから、脊髄損傷で全身麻痺といったものまで、幅広くあります。
そのため、後遺障害等級も、最高の第1級から最低級の第14級まで、大きく幅があります。
首自体の後遺障害であるむち打ちや脊髄損傷などのほかに、首にある喉や頸動脈といった血管、リンパ腺の異常などを起因とする障害もあるため、直接的な首の痛みではない愁訴などといった神経症によるものも、後遺障害として認められることがあります。
首の後遺障害に関係する後遺障害認定の要件は、細かく条件付けされています。
介護を要する第1級(自賠責保険金額4000万円)
・神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの
介護を要する第2級(自賠責保険金額3000万円)
・神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの
第1級(自賠責保険金額3000万円)
・咀嚼及び言語の機能を廃したもの
第3級(自賠責保険金額2219万円)
・咀嚼又は言語の機能を廃したもの
・神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの
第4級(自賠責保険金額1889万円)
・咀嚼及び言語の機能に著しい障害を残すもの
第5級(自賠責保険金額1574万円)
・神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの
第6級(自賠責保険金額1296万円)
・脊柱に著しい変形又は運動障害を残すもの
・咀嚼又は言語の機能に著しい障害を残すもの
第7級(自賠責保険金額1051万円)
・神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの
第8級(自賠責保険金額819万円)
・脊柱に運動障害を残すもの
第9級(自賠責保険金額616万円)
・咀嚼及び言語の機能に障害を残すもの
・神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの
第10級(自賠責保険金額461万円)
・咀嚼又は言語の機能に障害を残すもの
第11級(自賠責保険金額331万円)
・脊柱に変形を残すもの
第12級(自賠責保険金額224万円)
・局部に頑固な神経症状を残すもの
第14級(自賠責保険金額75万円)
・局部に神経症状を残すもの
このように、首の後遺障害は、神経系統の障害、脊柱の変形・運動障害、咀嚼・言語の機能障害という、複数の系列にまたがって等級が定められています。
声帯の損傷による発声の障害は言語機能の系列で、首の骨折による変形は脊柱の系列で、痛みやしびれは神経症状の系列で、というように、症状ごとに該当する系列で評価されるのです。
複数の系列にまたがる障害が残った場合には、併合により等級が繰り上がる可能性もあるため、自分の症状がどの系列に該当するのかを整理して申請することが大切です。
9.首の後遺障害で適正な補償を受けるためのポイント
首に関係する後遺障害に関しては、脊髄損傷や声帯損傷による言語障害、脊柱の骨折変形などで、レントゲンやCT・MRIなどの画像があり診断が下りたものに関しては、認められやすい傾向があります。
その一方で、神経症に関しては、医学的な画像証拠が伴わない場合、患者自身が訴える症状と医師の判断が重要視されるため、後遺症が認められにくい、もしくは認められないこともあります。
実務上、第12級は他覚的所見により症状を医学的に証明できる場合、第14級は証明までは出来なくても症状の存在が医学的に説明可能な場合、と区別されており、事故直後からの通院実績と症状の一貫性が認定を左右します。
特に加害者側に保険会社が付いている場合には、後遺障害等級が認定されたとしても、後遺障害等級を下げたもの、もしくは認めないという内容で、裁判にて争われることもあります。
痛みの感じ方は個人差が大きく、また、交通事故の被害者が、加害者憎し、という心理から痛みを過剰にとらえるケースもあるため、被害者救済を第一と考える裁判所であっても、被害者の言い分を一方的に受け入れて、被害者に有利な判決が下りるとは限りません。
また、首に関する神経障害は、肩の張りや痛み・めまい・頭痛など、持病の悪化によるものや加齢による症状と重なるところもあります。
そのため、被害者が高齢であったり、既往症ですでにこれらの症状があったりした場合には、後遺障害として認められにくくなることもあります。
だからこそ、事故前にはその症状が無かったこと、事故直後から一貫して症状を訴えていることを、通院記録で示せるようにしておくことが重要です。
また、脊髄損傷など重度の後遺障害の場合には、慰謝料だけでなく、将来の介護費用・自宅のバリアフリー改造費・介護用品の費用など、生涯にわたる損害を漏れなく請求する必要があり、賠償額は数千万円から億単位になることもあります。
請求項目が多く金額も大きいため、重度の障害こそ、交通事故に精通した弁護士のサポートが不可欠と言えます。
後遺障害認定されるか否かで、後遺障害慰謝料が支払われるかどうかが変わってくるのですが、弁護士を通じて請求する場合には判例基準で請求するため、自賠責基準に比べると大幅に増額します。
自賠責基準だと慰謝料部分は第1級で1100万円、第2級で958万円、第4級で712万円、第9級で245万円、第11級で135万円ですが、判例基準ですと第1級で2800万円、第2級で2370万円、第4級で1670万円、第9級で690万円、第11級で420万円なので、差は3倍近くなります。
首は、痛み・麻痺・声・食事・血流と、生活のあらゆる場面に影響が及ぶ部位です。
軽いむち打ちから重度の脊髄損傷まで、症状に応じた正しい検査と記録で、適正な補償につなげましょう。
重度の後遺障害により、生涯にわたって介護が必要になった場合に請求できる、将来分の介護費用のこと。
職業付添人に依頼する場合は実費相当、家族が介護する場合は日額8000円程度が目安とされ、平均余命までの期間分をまとめて請求する。
介護第1級・第2級などの重度障害では、賠償額全体を大きく左右する項目になる。
