中新町交差点での交通事故に気をつけよう
私は、高松市内で長年にわたり交通事故案件を専門に取り扱ってまいりました弁護士でございます。
業務の中で、被害に遭われた方々のお話を一件一件丁寧に伺ってまいりますと、ある共通の事実が浮かび上がってまいります。
それは、特定の場所が、似たような形の事故被害者を何度も繰り返し生み出している、という厳しい現実でございます。
本稿は、地域に暮らす歩行者・自転車・二輪車といった、いわゆる「交通弱者」の方々を守るための啓発として、高松市の中心部に位置する中新町(なかしんまち)交差点を取り上げるものです。
事故は、ドライバーの方も歩行者の方も、誰一人として望んではおりません。
それにもかかわらず同じ場所で繰り返されるのであれば、それは個人の不注意というよりも、その場所の構造そのものが事故を起こしやすくしているのではないか――そうした視点から、冷静に整理してまいりたいと存じます。
1. 中新町交差点とは ― 市中心部に広がる広大な五差路
中新町交差点は、高松市の中心市街地に位置し、中央通り、観光通り、菊池寛通りなどが交わる多差路、いわゆる五差路でございます。
南北を貫く幹線である中央通りと、東西を結ぶ観光通り、そして菊池寛通りが一点に集まるため、交差点そのものの面積が非常に広く、車両も歩行者も、横断や通過に要する距離と時間が大きくなる構造になっています。
香川県内における交通事故多発交差点のいわゆるワーストランキングに、長年にわたり恒常的に名を連ねてきた地点でもあります。
2. 事故の発生実態 ― 何が、いつ、誰に起きているのか
これまでに公表されてきたデータからは、この交差点で繰り返されている事故には、いくつかの典型的な型があることが見て取れます。
ひとつは、停止中の車両への追突事故です。
次に、右折・左折の際に、横断中の歩行者や自転車を巻き込む形の事故が挙げられます。
そして、広い交差点内を急いで通過しようとする車両どうしの、出会い頭の衝突です。
発生時間帯は、朝夕の通勤・帰宅時間帯に集中する傾向が見られます。
また、第一当事者に64歳以下のドライバーが占める割合が比較的高いことも、特徴のひとつとして指摘されています。
警察が交通事故を統計処理する際に用いる用語で、当該事故において過失がより重いと判断された側、または傷害の程度がより軽い側の当事者を指します。
最終的な責任の大きさを直接示すものではなく、事故の発生メカニズムを分析するための重要な手がかりとなる指標です。
これは、ある世代が危ない、という単純な構図ではございません。
現役世代の通勤に伴う焦りや、慢性的な疲労が、注意力の質に影響を及ぼしている可能性を示唆していると、慎重に受け止めるべきでしょう。
3. なぜ事故が起きやすいのか ― 場所に潜む構造的要因
事故の背景には、運転技量や注意力以上に、その場所そのものが持つ構造的な要因が横たわっています。
3-1. 広く複雑な形状が、車両の進路を交錯させる
中新町交差点は、複数の幹線が一点で交わる五差路であるため、交差点内を通過する車両の進行経路、すなわちトラジェクトリが、幾重にも交錯します。
物体が空間内を移動する際にたどる軌跡・経路のことです。
交通工学の分野では、車両や歩行者が交差点内をどのように通過していくか、その軌道どうしがどこで交わるかを分析する際に用いられます。
軌道が交わる地点が多いほど、衝突の可能性をはらむコンフリクトポイントが増えると考えられています。
交差点が広いということは、横断歩道の距離も長くなることを意味します。
その結果、信号が黄から赤に変わる頃に、ようやく交差点中央付近に車両や歩行者が達する、という状況も生まれやすくなります。
3-2. 車列そのものが巨大な遮蔽物になる
朝夕の渋滞時には、停止または徐行している車列そのものが、巨大な遮蔽物として機能してしまいます。
車列の間をすり抜ける二輪車や、隙間を縫って横断する歩行者の姿は、隣の車線を走る運転者や、右左折してくる車から見ると、文字どおり消えて見えなくなるのです。
加えて、交差点が広いことから、右左折の最中に、運転席のAピラーの死角へ歩行者や自転車がすっぽりと入り込んでしまう時間が、相対的に長くなります。
自動車のフロントガラスの左右両側を支えている柱のことです。
車体強度の確保に不可欠な構造ですが、ドライバーから見ると視界の一部を遮るため、特に右左折の際に、その陰に歩行者や自転車が入り込み、見えなくなる現象が生じます。
これはピラーによる視野欠損とも呼ばれ、交通安全上の古くからの課題でもあります。
3-3. 大型車・幹線交通と歩行者・自転車の空間競合
中新町交差点は市内を貫く幹線道路の結節点でもあるため、トラックやバスなど大型車両の混入率も相対的に高くなります。
大型車両は内輪差が大きく、構造上、巻き込みのリスクが高まらざるを得ません。
そこに、自転車・歩行者・ベビーカー・シニアカーなどが同一平面で空間を共有するため、空間的な競合が極めて激しい交差点となっているのです。
4. 危険予知のポイント ― ヒヤリハットの典型像
Kiken Yochi Trainingの略称で、これから起こり得る危険をあらかじめ想像し、その芽を摘むためのトレーニング手法です。
建設業や運輸業で広く用いられてきましたが、近年は一般のドライバー教育にも導入されています。
事故には至らなかったものの、思わずヒヤリとしたり、ハッとしたりするような出来事を指します。
重大事故の背後には、数多くのヒヤリハットが存在するとされ(ハインリッヒの法則)、これを丁寧に拾い上げて学ぶことが事故予防の基本とされています。
中新町交差点で想定すべき典型的なヒヤリハットは、おおむね次のようなものでございます。
ひとつめは、対向車線や隣接車線で停止している車列の陰から、横断歩道の外をショートカットする形で歩行者や自転車が突然現れる、というパターンです。
ふたつめは、信号の変わり目に直進や右左折を急いだ車両が、想定外の速度と角度で、自分の進路や横断歩道に進入してくる、というパターンです。
これらの背後にあるのは、ドライバー側の認知の問題でございます。
激しい渋滞と通勤による疲労は、運転に必要な認知リソースを大きく削り取ります。
人間が、見る、聞く、判断する、選ぶといった情報処理に使うことのできる、限られた心の容量のことです。
疲労やストレス、考えごとがあると、このリソースが圧迫され、視野狭窄(しやきょうさく)や、安全確認の手順省略といった現象を招きやすくなります。
その結果、前の車が動いたから自分も進めるだろう、あるいは、この時間にここに歩行者はいないだろう、といった、根拠の薄い予測が先行してしまいます。
広い交差点を早く抜け出したい、という心理的な圧迫が、横断者を発見してからブレーキを踏むまでの一瞬の遅れを、確実に大きくしてしまうのです。
5. 交通弱者のための具体的な自己防衛術
ここからは、歩行者・自転車・二輪車のお立場で、明日からすぐに実践していただける回避行動をご紹介いたします。
5-1. 物理的停止と覗き込み ― 死角から出る前の小さな儀式
渋滞する車両の脇や、車列の間を抜けて進行・横断するときには、車両の先端部分で必ず一度立ち止まってください。
自転車であれば、一度足を着くことを習慣にしていただきたいのです。
そのうえで、軽く体を乗り出して、奥の車線の様子や、右左折してくる車の有無を、ご自身の目で直接確認してから動き出します。
止まる前提でゆっくり進むのではなく、物理的に一度、完全に停止すること、これが要点でございます。
わずか一秒の停止が、見えなかった一台を、見えるようにしてくれます。
5-2. アイ・コンタクトで進行権を確認する
右左折してくる車両が近づいているとき、車のボディや方向指示器だけを見るのではなく、運転席のドライバーの顔を、できる限り直接見るようにしてください。
相手の目線がご自身に向いているか、こちらを認識しているかどうかを確かめるのです。
目が合わなければ、相手はあなたを見ていない可能性が高いと考え、動かない、という判断が、最も確実な自衛になります。
5-3. 立体交差の積極活用 ― 中新町地下道という選択肢
中新町交差点には、地下道が整備されています。
地上の複雑な交差点や、長い信号待ちによるリスクを完全に避けたい方は、通行ルートにこの地下道を積極的に組み込むことをお勧めいたします。
これは、車両との接触可能性そのものを物理的にゼロにする、動線分離の考え方に基づく、最も堅実な自衛策のひとつでございます。
歩行者・自転車・自動車など、速度や大きさが異なる交通主体どうしの動線(移動経路)を、空間的または時間的に分けてしまう、という設計思想です。
地下道、歩道橋、自転車専用道、歩車分離式信号などが具体例にあたります。
動線が分離されている区間では、構造的に衝突が起こりにくくなります。
6. ドライバーの皆さまへ ― 発進時の一拍の遅れ
ここまでは交通弱者の側のお話を中心に進めてまいりましたが、最後にドライバーの皆さまにも、ひとつだけお願いを申し上げたいと存じます。
渋滞で前の車が動き出した瞬間、反射的にアクセルへ足を移すのではなく、ブレーキペダルに足を置いたまま、ほんの一秒、そのまま待っていただきたいのです。
その一秒で、自車の直前と左右を一度見渡し、横断者がいないことを確認したうえで、改めて発進していただきたいのです。
ワンテンポ・ディレイ、すなわち一拍の遅れと呼ぶべきこの所作は、後続車にとっては気づかれない程度の小さな間でありながら、横断中の歩行者・自転車にとっては、命に届く一秒となり得ます。
7. おわりに ― 場所の特性を知ることが、まず第一歩
中新町交差点で繰り返されてきた事故は、誰か一人の不注意のみによって起きたものではございません。
むしろ、広く複雑な交差点という場所そのものの特性が、人間の認知の限界を超えてしまう瞬間に、事故という形で表面化している、と整理することができます。
歩行者・自転車・二輪車の皆さまには、物理的停止と覗き込み、アイ・コンタクト、そして地下道の活用を。
ドライバーの皆さまには、発進時の一秒の待機を。
それぞれのお立場でほんの少しの所作を加えていただくだけで、この交差点で起きてきた事故の少なからぬ部分は、避けられたはずだと考えております。
どうか皆さまが、今日も明日も、安全にこの交差点を通過されますよう、地域に暮らす一員として、心より願っております。
