上天神町交差点に潜む危険性…交通事故防止の啓発記事
高松の街で交通事故をめぐる法律実務に長く携わっておりますと、ご相談者の方々のお話の中に、不思議なほど繰り返し登場する交差点があることに気づかされます。
お一人おひとりの体験を丹念に伺っていくうちに、その場所の構造そのものが、人間の注意力にとって過酷な試練を強いている、という事実が次第に浮かび上がってまいりました。
本稿で取り上げる上天神町(かみてんじんちょう)交差点も、まさにそうした地点のひとつです。
そこで事故に遭われた方々は、ドライバーの側であれ、歩行者・自転車・二輪車の側であれ、誰一人として事故を望んではいらっしゃいませんでした。
にもかかわらず事故が繰り返されるのは、個々人の注意力の問題というより、その場所が持つ独自の地形的・構造的な特異性が、私たちの認知能力の限界を試してしまうからにほかなりません。
この記事は、地域で日々この交差点を行き交う交通弱者の皆さまに向けて、その特異な性格をお伝えし、ご自身の身を守る一助としていただくためにお届けするものです。
1. 上天神町交差点という場所 ― 高架と地下道と多車線が重なる地点
上天神町交差点は、高松市上天神町547番地1先に位置する、平面的にはごく一般的な四差路、つまり十字路の交差点です。
ところが、その上空には高松自動車道の高架が東西に横切り、地下には幹線道路を貫くアンダーパスが走り、地上の道路は最大で片側五車線にまで広がります。
立体交差、アンダーパス、極端な多車線化という三つの異なる要素が、ひとつの平面交差点に重なり合っている、極めて密度の高い交通インフラなのです。
2. 事故の実態 ― 数字が示す慢性的な多発地点
過去のデータを振り返りますと、この交差点は年間九件の人身事故を記録し、香川県内のワースト一位となった年もありました。
直近では、二〇二〇年に八件、二〇二一年に六件の人身事故が発生し、いずれも県内ワースト三位にランクインしています。
さらに長期的な統計に目を向ければ、平成二十一年から平成二十四年までの四年間で、合計八十二件もの交通事故がこの場所で発生していたことが、国の調査で記録されています。
これだけの数の事故が同じ場所で繰り返されているという事実は、ここでの事故が偶発的な現象ではなく、構造そのものに根ざした慢性的な事象であることを、雄弁に物語っています。
事故類型の内訳を見ますと、最も多いのは追突事故で、全体のおよそ五十五%を占めます。
これに次いで多いのが左折時の事故で、約十八%です。
この左折時事故こそが、歩行者・自転車・原付などの交通弱者にとって、最も致命的なリスクをはらむ類型となります。
時間帯としては、朝夕の通勤・通学時間帯に、リスクが最大化する傾向が見られます。
3. なぜ事故が起きるのか ― 三つの構造的な罠
この交差点で事故が多発する背景には、運転者個人の不注意では説明しきれない、構造的な要因が幾重にも横たわっています。
ここからは、その代表的な三つの要素を、順にひもといてまいります。
3-1. 二車線分の左折専用レーンという特異な構造
この交差点で最も特徴的なのは、西側から北へ向かう方向に、左折専用レーンが二車線分も設けられている点です。
通常、左折は歩道に最も近い一車線から行われるのが一般的です。
ところがこの場所では、その外側の車線からも、同時に左折が行われます。
この構造はドライバーに対して、自分の進む軌道を維持すること、そして隣で同時に左折してくる車との距離を保つこと、という二重の作業を同時に要求します。
その結果、注意の大部分が、隣の車との接触回避に吸い取られてしまい、横断歩道の歩行者や自転車への注意は、構造的に薄くなりやすいのです。
3-2. 高速道路の橋脚が作る視界の壁
交差点の上空を走る高松自動車道を支える太い橋脚が、交差点の四隅や中央付近に複数立っています。
これらの橋脚は、ドライバーの視線も、歩行者・自転車の視線も、物理的に遮断する視界の壁として働いてしまいます。
左折するドライバーから見ると、橋脚の向こう側に、首を振っただけでもミラーを覗いただけでも確認できない、死角の空間が生まれます。
その死角に隠れていた歩行者や自転車が、車両が横断歩道に差しかかる直前に、ふいに視界へ現れる――この現象が、左折時の巻き込み事故を引き起こす直接の原因となっています。
3-3. アンダーパスからの合流が生む交織区間
交差点の地下を東西に貫くアンダーパスから浮上してくる車両と、地上を走ってきた車両が、交差点直前の短い区間で、複雑に進路を交わします。
交通工学の世界では、こうした合流と分岐が短い距離で連続する場所のことを、ウィービング区間と呼びます。
ある区間内で、複数の車両が同時に車線変更や合流・分岐を行わざるを得ない区間のことです。
車両どうしの軌道が、織物のように交差することから、こう呼ばれます。
短い距離の中で多くの判断と操作が要求されるため、追突や接触のリスクが高まりやすい区間として知られています。
最大五車線にまで広がる分岐の中から、自分の進むべきレーンへ滑り込むために、強引な割り込みや急ブレーキが日常的に発生しています。
これこそが、この交差点で追突事故が突出して多くなる、最大の力学的な理由なのです。
4. ドライバーの脳に起きていること
ここで申し上げたいのは、左折してくるドライバーを責めるという姿勢ではなく、その脳の中で何が起きているのかを、冷静に理解することの大切さです。
この交差点で左折しようとするドライバーは、ごく短い時間の中で、極めて多くの情報を同時に処理することを強いられています。
アンダーパスからの合流車、五車線の中での正しいレーン選択、前方車への追突回避、隣の左折車との側方間隔、信号、標識、そして歩行者――。
その結果、人の脳が一度に処理できる容量、いわゆるワーキングメモリが、容易に飽和してしまうのです。
情報を一時的に保持しながら、同時に処理を行うための、脳の作業スペースのようなものです。
容量には限りがあり、同時に扱う情報量が増えすぎると、優先度の低い情報は自動的に切り捨てられてしまいます。
この飽和した状態では、ドライバーの目には確かに歩行者の姿が映っていても、脳がそれを、いま処理すべき情報ではない、と判断し、認識の外へ追いやってしまう現象が起こります。
これを認知心理学の分野では、非注意性盲目(ひちゅういせいもうもく)と呼びます。
目には確かに映っているのに、注意がほかに向いているために、脳がその対象を、見えていないものとして扱ってしまう現象のことです。
事故供述に多い、見ていたのに見えなかった、という言葉の多くは、怠慢ではなく、この認知の仕組みによって説明されます。
つまり、上天神町交差点を左折しようとするドライバーは、悪意があってあなたを見落とすのではなく、構造的に脳の容量を超えてしまった結果として、見えていてもあなたを認識できない状態に陥りやすい、ということなのです。
このことを前提に、私たち交通弱者の側から、能動的に身を守るという視点が必要になります。
5. 交通弱者のための四つの自己防衛術
5-1. 橋脚の死角の手前で、一度完全に止まる
歩道から横断歩道へ踏み出そうとするとき、橋脚で車道の見通しが切れる、ぎりぎりの位置で、必ず一度、物理的に完全に止まってください。
歩行者は足を止め、自転車はペダルから足を下ろして、両方のブレーキを握ります。
そのうえで、上半身を少しだけ前に出して、橋脚の向こう側の空間を覗き込む動作をしていただきたいのです。
信号が青であっても、橋脚の陰から左折車が現れる前提で行動する――この一秒の所作が、ご自身の安全余裕を確実に広げます。
5-2. ウィンカーではなく、前輪の角度を見る
接近してくる車が左折するのかどうかを見極めるとき、ウィンカーの点滅だけに頼るのは、この交差点では危険です。
ドライバー自身が認知過負荷の状態にあるため、ウィンカーを出し忘れたり、消し忘れたりすることが、決して少なくないからです。
注目していただきたいのは、その車の前輪、つまりフロントタイヤの向きと、車体のわずかな傾きです。
ウィンカーが点いていなくても、前輪が歩道側に切れ始めていたり、車体が左に沈み込み始めていたりすれば、その車はすでに左折の軌道に入っています。
タイヤの動きは、ドライバーが操作した直後に物理的に現れる、最も嘘のない合図なのです。
5-3. ドライバーの目に、自分の存在を能動的に届ける
非注意性盲目の状態にあるドライバーに対して、ご自身の存在を、風景の一部から一人の人間へと再認識させるためには、明確な合図が必要となります。
左折してくる車に対して、はっきりと顔を向け、運転席を見つめてください。
ガラスの反射でドライバーの顔が見えないときには、車に向かって手のひらをそっと示す、首をはっきりと左右に振って安全確認の動作を大きく見せる、といった行動が有効です。
人の脳は、自分に向かって何らかの動作を行っている対象に対して、反射的に注意を向ける性質を持っています。
その性質を、こちらから利用して、ドライバーの認知の隙間をこじ開けていただきたいのです。
5-4. 縁石の最前列に立たない ― 一・五メートルのバッファ
信号待ちの際、横断歩道の縁石ぎりぎりの最前列に立つことは、できる限り避けてください。
縁石から、大人の歩幅でおよそ二歩、距離にして一・五メートルほど後方を、待機場所の基本としていただきたいのです。
二車線の左折レーンを大型車が回ってくる際、車体の構造上、後輪が歩道側に大きく入り込むことがあります。
車が曲がるとき、前輪が通る軌道よりも、後輪が通る軌道のほうが内側に入り込む現象のことです。
ホイールベース(前後輪の距離)が長い大型車ほど、この差は大きくなり、歩道側に後輪が乗り上げる事故の原因となります。
積荷が歩道の上空を払うように通過することもあり、縁石の最前列は、構造的に、車両の侵入想定区域と考えるのが安全です。
一・五メートルの余裕は、不測の事態に備える、最も静かで、最も確実な保険になります。
6. おわりに ― 場所の性格を知ることが、命を守る最初の一歩
上天神町交差点は、都市の交通処理能力を高めるために、立体交差、アンダーパス、多車線化という工夫を重ねてきた、いわば努力の結晶のような場所です。
しかしながら、その努力の積み重ねが、結果として人間の認知の限界を超える複雑さを生み、事故という形で表面化してきたというのが、この場所の実情でしょう。
ドライバーを責めても、歩行者を責めても、この場所の構造そのものは変わりません。
だからこそ、その特性を知り、橋脚の前で一度立ち止まること、前輪の動きを見ること、ドライバーの目に存在を届けること、縁石から一歩下がること――。
この四つの小さな所作を、地域の皆さまに知っていただきたいのです。
皆さまが、今日も、明日も、そしてその先の日々も、この交差点を無事に通り抜けられますよう、心より願っております。
