丸亀市土器町西の「西村交差点」は交通事故多発地帯です。
1. はじめに — この記事を書くきっかけ
私は、香川県内で長年、交通事故にまつわるご相談やご依頼を専門に受けてまいりました、地元の弁護士でございます。
日々、事故の記録と当事者の方のお話に触れていますと、ある同じ場所で、よく似た形の事故が、何年経っても繰り返し起きていることに、しばしば胸を痛めてまいりました。
丸亀市土器町西にある「西村交差点」も、まさにそうした場所のひとつです。
この記事は、どなたかを責めるためのものでも、まして仕事のご紹介を求めるためのものでもありません。
歩行者の方、自転車をこいで通学・通勤される方、バイクで毎日この交差点を通り抜けられる方など、いわゆる交通弱者と呼ばれる立場の皆さまに、その場所のどこに、どんな構造的な「危なさ」が潜んでいるのかを、できるだけやさしい言葉でお伝えしたい。
そして、その情報を一枚の地図のようにご自身の中に持っていただくことで、皆さまの大切な命を、皆さま自身の手で守っていただきたい。
ただ、その一心で筆を執らせていただきました。
ドライバーの方も、歩行者の方も、誰一人として事故を望んで道路に出ているわけではありません。
責められるべきは「人」ではなく、その「場所」が抱えている特有の事情のほうなのだ、という立場で、丁寧にお話を進めてまいります。
2. 西村交差点という場所の輪郭
西村交差点は、四国を東西に結ぶ大動脈である国道11号と、丸亀市内の地域交通を担う県道とが、ほぼ直角に交わる四差路です。
所在地は、丸亀市土器町西四丁目326番地付近にあたります。
日本損害保険協会が公表した2010年版の事故多発交差点マップによれば、この西村交差点は、香川県内で事故の多い交差点のワースト4位に位置づけられ、その年だけで年間11件の人身事故が記録されました。
単一の交差点でこれだけの件数が積み上がるというのは、決して偶然ではありません。
そこには、土地の使われ方、道路の形、人と車の流れ方が織りなす、固有のリスク構造が存在しているのです。
過去の統計では、追突、右折時の衝突、そして左折時の巻き込みが、この交差点で起きやすい事故の中心を占めてきました。
大型のトラックを含む貨物車両の通行量がとても多いことも、事故が起きた際に被害が大きくなりやすい背景となっています。
3. 場所そのものに潜む「インフラの罠」
3-1. 長い直線がもたらす「速度の感覚マヒ」
西村交差点に至るまでの国道11号は、見通しがよく、直線が長く続く区間を含んでいます。
このような道を走り続けたドライバーには、ある独特な感覚の変化が起こります。
同じくらいの速度で長い時間走り続けていると、脳がその速さに慣れてしまい、実際よりもゆっくり走っているように感じる現象のことです。
時速60キロを出していても、本人の感覚は時速40キロくらいに下がっていることが少なくありません。
つまり、ドライバーご本人は無理をしているつもりがなくても、知らないうちに想定より速い速度で交差点に近づいていることがある、ということです。
これは怠慢ではなく、人間の感覚の仕組みそのものに由来する、いわば設計上の弱点のようなものです。
だからこそ、交通弱者の側でも、この特性を知っておくだけで、身の守り方がずいぶん変わってまいります。
3-2. 大型車に特有の「ジレンマゾーン」
国道11号は物流の大動脈であり、大型のトラックが日常的に行き交います。
信号が黄色に変わったとき、強く減速すれば交差点の手前で止まれるが、そのまま進めば赤に変わる前に通過できる、という、止まるか進むか判断に迷う領域のことです。
大型車は車重が重く、ブレーキの効き始めまでに時間もかかるため、この領域が普通乗用車よりずっと手前から長く伸びる性質があります。
長い直線で勢いがついた大型車が、この長いジレンマゾーンに突入すると、急ブレーキは荷物の崩れや後ろの車との追突を招きかねません。
そのため、結果として、信号の変わり目に通過を選ばざるを得ない場面が生まれることがあります。
これは運転手の方の人格の問題というよりも、車両の物理特性に由来する、避けがたい構造的な事情です。
3-3. 大動脈と生活道路が、平面で出会ってしまうこと
西村交差点のもっとも本質的な課題は、長距離を素早く動く幹線道路の交通と、住宅地の中をゆっくり動く歩行者・自転車の交通が、同じ平面のうえで直接交わっているという、その一点に集約されます。
立体的に分けることが理想ではあるものの、現実には信号機による「時間の分け方」だけが、両者の安全を支える仕組みになっています。
青信号が同時に出る左折車と直進自転車の関係などは、まさにこの構造のしわ寄せが集まる場面と言えます。
4. ドライバーの「見えていない」を理解する
事故にあわれた歩行者や自転車の方からは、目の前にいたのに、どうして気づいてもらえなかったのか、というお気持ちを伺うことがよくあります。
これには、人間の脳と目の仕組みに根差した、はっきりとした理由があります。
4-1. 視線を動かす瞬間の「視覚の空白」
目をある一点から別の一点へ素早く動かす運動を、サッカードと呼びます。
このあいだ、脳は映像のブレで気分が悪くならないよう、ごく短い時間、視覚の情報を遮断します。
そのため、首を振って確認している瞬間、人は事実上、何も見えていない状態に近くなります。
ドライバーが右、左、と素早く首を振って確認している、ちょうどそのコンマ数秒のあいだに自転車や歩行者がその視線の通り道に入ってしまうと、脳はその情報をそもそも受け取れません。
本人は、ちゃんと確認した、と認識していても、実際にはデータとして入っていなかった、ということが起こり得るのです。
4-2. 「見ているのに見えない」という現象
交通心理学で用いられる言葉で、見たけれど、見えなかった、と訳されます。
目に像は映っていても、脳がそれを大事な情報として処理できず、結果として認識から抜け落ちてしまう現象を指します。
特に、右折待ちのドライバーは、対向車線の直進車の速度と距離の見極めに、注意のほとんどを使い切ってしまいます。
そのため、横断歩道を渡っている歩行者の姿は、たとえ視野には入っていても、脳の処理から外れてしまうことがあるのです。
4-3. フロントガラスの柱の陰に隠れ続ける
車のフロントガラスを支える左右の柱を、Aピラーと呼びます。
歩行者の歩く速さと、車が曲がる速さがある一定の関係にあると、歩行者はずっとこの柱の陰に隠れ続けてしまうことがあります。
ドライバーから見ると、本当に直前まで人影が見えず、突然目の前に湧いて出たように感じられる現象です。
5. 自分の身を守るための、四つの具体的な行動
これらの構造を踏まえると、気をつけましょう、目を合わせましょう、といった精神論だけでは、残念ながら西村交差点の危険を相殺するには足りません。
場所が抱える課題を、私たち交通弱者の側の具体的な行動で補っていく必要があります。
ここからは、現場で今日から実践できる、四つの自己防衛のかたちをご紹介いたします。
5-1. 縁石から大人3歩下がって待つ
信号待ちのときは、車道と歩道の境目の縁石から、おおよそ1.5メートル、大人3歩分ほど下がった位置に立ってください。
大型車が左折するときの後輪は、前輪よりも大きく内側を通り、車体の一部が歩道側へ膨らむことすらあります。
3歩下がるだけで、車両が物理的にどうしても届かない、確実な安全の余白が生まれます。
お子さまや高齢の方の手を引かれているときは、特に意識していただきたい一歩です。
5-2. 青になっても、ふたつ数えてから踏み出す
歩行者用の信号が青に変わっても、すぐに足を踏み出すのではなく、心の中で、いち、に、とふたつ数えてみてください。
そのあいだに、左右に首を振り、国道側から赤信号に間に合わなさそうな様子で突っ込んでくる車がいないか、自分の目で確かめます。
青信号は、進んでもよいという許可であって、絶対の安全保証ではありません。
信号が切り替わる直前の数秒は、止まりきれない車が滑り込んでくる可能性が、ほかの時間帯よりずっと高い時間帯です。
たった2秒の遅れが、命を分けることがあります。
5-3. ウインカーではなく、前輪の向きを見る
右折や左折を待っている車があれば、ウインカーや運転手の顔よりも、まずタイヤ、すなわち前輪の向きと動きをじっと見てください。
ウインカーは、出し忘れや出し遅れがあります。
運転手の顔がこちらを向いていても、脳が認識しているとは限りません。
しかし、前輪の角度と回転は、物理の法則そのものです。
タイヤが少しでもこちら側に向いて転がりはじめていたら、車体はかならずそちらに動きます。
人の意思ではなく、機械の動きを読むことが、もっとも確実な予測になります。
5-4. 頭をすこし動かして、柱の陰から出る
横断歩道を渡っているとき、右左折してくる車のAピラーの陰に、ご自身の身体がすっぽり入ってしまうことがあります。
そのまま歩き続けると、ドライバーには本当に見えません。
ですので、歩きながら、頭を左右にほんの少し動かしたり、上体をふっと前に乗り出してみたりしてください。
たったそれだけの動きで、柱の陰からご自身の姿がドライバーの視界に飛び出し、相手の脳がはじめてあなたの存在を、動くもの、として捉えることができます。
6. おわりに — 場所を知ることが、最大の備えになる
西村交差点は、丸亀の暮らしと物流を支える、地域にとってかけがえのない結節点です。
そして同時に、直線道路の感覚マヒ、大型車のジレンマゾーン、人間の視覚と認知の限界が、いくつも重なって表れる、たいへんに学びの多い場所でもあります。
事故の現場と長く向き合ってきて、痛切に感じることがあります。
それは、もし当事者の方が、その場所の構造的な特性を事前に知っていらしたなら、結果はちがっていたかもしれない、という思いです。
場所のクセを知るということは、目には見えない一枚の防具を、そっと身にまとうことに似ています。
歩いて渡る方、自転車のペダルをこぐ方、バイクのハンドルを握る方、そしてトラックや乗用車の運転席にいらっしゃる方。
道路という同じ舞台を共有するすべての方が、今日もどうかご無事で、それぞれの目的地まで穏やかにたどり着かれますように。
この記事が、その小さな一助となれましたら、これ以上のよろこびはございません。
