潟元交差点では交通事故に気をつけてください
1. はじめに ― 一人の専門弁護士として地域に申し上げたいこと
交通事故案件のみを取り扱う実務に長く身を置く弁護士として、高松の街と道路に日々向き合っております。
書類の上にあらわれる数字の向こうには、その朝までいつもどおりに家を出られた方々の人生があり、ご家族の暮らしがあります。
仕事の性格上、香川県内のある特定の場所で、年をまたいでも似たかたちの事故が繰り返し起きていることに気づかされる瞬間が幾度もございます。
高松市屋島西町にある潟元交差点も、そうした場所のひとつです。
本稿は、ご依頼を募るために執筆するものではございません。
あくまで、地域にお住まいの皆さま、とりわけ歩行者、自転車、バイクで道路を共有なさる交通弱者の方々に、構造的に潜む危険を共有し、ご自身の命をご自身で守っていただくための情報をお届けしたい、その一心でまとめたものです。
事故は、誰一人として望んでおりません。
ハンドルを握る方も、歩いて渡る方も、自転車をこぐ方も、それぞれに大切な目的地を持ち、待っているご家族を抱えながら、同じ道路を共有しておられます。
ですから、責められるべきは「人」ではなく、事故を起こしやすくしている場所そのものの特異性であるという立場で、お話を進めてまいります。
2. 潟元交差点という場所 ― 性格の異なる二つの道路が出会う地点
潟元交差点は、四国を東西に貫く大動脈である国道11号と、屋島の麓を地域の生活道路として走る県道150号、屋島停車場屋島公園線が、ほぼ直角に交わる地点です。
日本損害保険協会の調査によりますと、国道11号沿道には商業施設が建ち並び、その周囲は住宅地となっているため歩行者の通行が多く、また、幅員の限られた県道150号側を通行する二輪車や自転車も少なくありません。
まことに性格の異なる二つの道がぶつかる場所、と申し上げてよいでしょう。
過去の統計では、ここで年間に十件を超える人身事故が記録された時期もありました。
信号機の改良などによって件数は減少しましたが、県道側から国道側へ左折する際の巻き込み事故や、歩行者の横断中の事故が、今もなお繰り返される傾向にあります。
特定の型をもつ事故が、まるで設計図のように同じ場所で再現されてしまう。
これは個々のドライバーや歩行者の不注意というよりも、その場所がもつ構造の問題として理解するほうが、事実に近いのです。
3. なぜここで事故が起きやすいのか ― 場所の特異性
3-1. 速度のちがう交通が、ひとつの平面で出会う
国道11号は、香川県内でも有数の交通量を誇る幹線道路で、車の流れは速く、量も多い道です。
一方の県道150号は、屋島山麓の住宅街と商業エリアを結ぶ生活道路であり、通学する学生さんの自転車、買い物にお出かけになる年配の方の歩み、原付バイクで通勤する方の往来など、低速で局所的に動く交通の主な舞台となっています。
この、速い広域交通と、ゆっくりとした生活交通が、ごく限られた平面のうえで合流するため、互いの動きを読み合うことが構造的にむずかしくなっているのです。
県道側は道幅もそう広くないため、四輪車と自転車を空間的にきれいに分けることが、物理的に不可能でもあります。
3-2. 「二段停止線」の廃止というインフラの変化
近年、潟元交差点では二段停止線が廃止され、交差点をコンパクトに整える路面標示の変更が行われました。
四輪車の停止線よりも数メートル前方に、自転車やバイク用の停止線を別に引いていたしくみのことです。
二輪車を四輪車の前に出すことで、ドライバーの視界に入りやすくし、左折時の巻き込みを防ぐ目的がありました。
ただし、信号待ちの車列を二輪車がすり抜けて前へ出る動きが別の危険を生むという指摘から、近年は全国的に廃止が進んでいます。
二段停止線の廃止は、全体の安全性を高める意図でなされた合理的な改修と理解しております。
しかしながら、自転車に乗る方の立場から眺めますと、四輪車の前ではなく、四輪車の左横で信号待ちをするかたちが定着いたしました。
これは、ちょうど左折車の死角に並んで待つ位置取りになりやすく、車が左に曲がりはじめた瞬間に、逃げ場のない空間に取り込まれてしまうのです。
3-3. 「内輪差」という車の動きの癖
トラックなど車体の長い車が左に曲がるとき、後輪は前輪よりも内側を通ります。
四輪車が曲がるときに、前輪が描く軌跡と後輪が描く軌跡のあいだに生まれるすき間のことです。
車が長いほどこの差は大きくなり、後輪が歩道や路肩のすぐ内側を削るように通っていきます。
左折車のすぐ左横に位置していると、この内側を通る後輪に巻き込まれる危険があるのです。
つまり、車のボディが自分の真横を無事に通り過ぎたように見えても、その後ろから来る後輪は、もっと内側、つまり自分の足元に向かってまわり込んでくる、ということです。
これが、巻き込みと呼ばれる現象の正体です。
4. なぜドライバーは見ているのに見えないのか
歩行者や自転車に乗る方からは、あんなに目の前にいたのに、なぜ気づいてもらえなかったのか、という思いを残す事故が少なくありません。
これにはきちんとした理由があり、決してドライバーが意地悪をなさっているわけではないのです。
4-1. 見たのに、見えなかった ― 認知の落とし穴
交通心理学の用語で、見たのに、見えなかった、と訳されます。
ドライバーの目には確かに歩行者や自転車が映っているにもかかわらず、脳がそれを重要な対象として処理できず、無いものとして扱ってしまう認知のエラーを指します。
国道11号のような交通量の多い道路へ左折で合流しようとするとき、ドライバーの注意のほとんどは、右から接近してくる車の速度と距離に吸い込まれてしまいます。
すると、左側のすぐそばにいる自転車や歩行者に注意を向けるための、脳の余力が残らなくなるのです。
顔は左を向いていても、心はまだ右の本線にある、という状態と申し上げればよいでしょうか。
4-2. サッカード抑制 ― まばたきに似た視覚の空白
眼球をすばやく動かして視線を移す動作のことをサッカードと呼びます。
このときブレた映像で目がまわらないよう、脳はごく短い時間、視覚情報を遮断します。
これがサッカード抑制と呼ばれる仕組みで、ドライバーが右から左へ視線を振った一瞬、人は事実上、見えていない状態になります。
右の安全を確かめてから、左の進行方向へ視線を戻す、そのコンマ数秒のあいだは、誰もが目を開けていながら情報を受け取れない時間帯となります。
ちょうどその瞬間に横断歩道へ足を踏み入れた歩行者は、ドライバーが見落とされたというよりも、見ようがないままに発進されてしまう、と申し上げるほうが正確かもしれません。
5. 自分の身を自分で守る ― 現場で実行できる四つの行動
以上のような構造を前にいたしますと、気をつけよう、目を合わせよう、という呼びかけだけでは、残念ながら十分とは申せません。
場所が抱えるリスクを少しでも相殺するために、物理の法則に沿った、現場で実行できる具体的な行動を四つ、ご紹介いたします。
5-1. 四輪車の左横に並ばない
自転車や原付で信号待ちをなさるときは、四輪車の左横ではなく、先頭車両の真後ろに、車列に沿って一列に並んでお待ちください。
真横に位置取りますと、左折時の内輪差の中に取り込まれる可能性が残ります。
後ろに位置取れば、たとえ前の車が予告なく左折をはじめても、巻き込まれる空間そのものが存在しなくなります。
5-2. ドライバーの目がミラーに映っているかを確かめる
横断や発進の前に、対象となる車のサイドミラーに、ドライバーの両目がはっきり映っているかどうかを、ぜひご確認ください。
光は反射する性質を持っておりますから、こちらからミラー越しに相手の目が見えていれば、相手からもこちらが見えています。
逆に、こちらから目が見えない位置にいるあいだは、ドライバーの視界の外にいる、ということになります。
このとき無理に動かず、車が完全に通り過ぎるまで、ひと呼吸待つだけで、衝突の確率はぐっと下がります。
5-3. ウインカーではなく前輪のタイヤを見る
合流を急ぐドライバーは、ウインカーを出し忘れたり、出すのが遅れたりすることがございます。
これは責められるべきことではなく、人間の注意の容量の限界が引き起こす、誰にでも起こり得る現象です。
そこで頼りにしていただきたいのが、車の前輪の向きです。
タイヤがわずかでもこちら側に切れていれば、車体はかならずその方向へ動きます。
ウインカーの点滅よりも、タイヤの角度のほうが、車の次の動きを正直に教えてくれる、物理的なサインなのです。
5-4. 歩く速さに変化をつける
横断歩道を渡っていらっしゃるとき、左折してくる車の運転席の柱、いわゆるAピラーの陰に、ご自身の姿が隠れ続けてしまうことがございます。
ドライバーから見ますと、ちょうどその柱の幅のあいだに歩行者の姿がぴたりと収まってしまい、まったく見えなくなる現象です。
これを防ぐには、一定の速さで歩き続けるのではなく、少し早足になられたり、ふっと立ち止まったりして、相手から見たご自身の位置を意識的にずらしてみてください。
動きに変化があると、ドライバーの目はそれを動くものとして捉えやすくなります。
6. おわりに ― 場所を知ることが、いちばんの防具になる
潟元交差点は、屋島という美しい歴史と自然をたたえた土地の入り口にある、地域にとってかけがえのない交通の要所です。
そして同時に、速度の異なる交通、変化したインフラ、人間の視覚と認知の限界が、いくつも重なって現れる、稀有な学びの現場でもあります。
弁護士として事故の事後にかかわっておりますと、いつも思うことがございます。
それは、もし当事者の方が、あの場所はそういう構造をもっているのだ、と事前にご存じであったならば、結果は違っていたかもしれない、という思いです。
場所の特異性を知るということは、目には見えない防具を一枚、身にまとうことに似ております。
歩いて渡る方、自転車のペダルをこぐ方、バイクのハンドルを握る方。
そしてハンドルを握って急ぎながら左折をなさる方も。
皆さま全員が、今日もどうかご無事で、それぞれの大切な目的地へたどり着かれますように。
本稿が、その小さな一助となりましたなら、これに勝るよろこびはございません。
