高松市多肥上町に位置する「多肥小学校北交差点」では交通事故に注意するべき理由
高松市内で長年、交通事故の被害に遭われた方々の救済に携わってまいりました弁護士です。
日々のご相談を通して、ひとつの事実を痛感しております。
それは、重大な交通事故というものは、当事者個人の不注意以前に、特定の場所そのものが抱える構造的な特徴によって、繰り返し誘発されている、という事実です。
本日取り上げたいのは、高松市多肥上町に所在する、多肥小学校北交差点です。
この交差点は信号機が設置されていない、いわゆる未信号交差点であり、すぐ近くに多肥小学校があることから、児童をはじめとする歩行者や自転車利用者が日常的に通行しております。
信号機が設置されていない交差点のことです。
ドライバーが自らの判断で、安全か危険かを見極めて進入する必要があるため、心理的な負荷が大きく、安全確認が形だけになりやすい、という特徴があります。
令和5年度に実施された交通事故多発地点等の総合診断において、地元から要望されていた交差点全体の塗装、いわゆるカラー化は採択されませんでした。
代わりに、現場の事故実態に即した、より個別最適化された対策へと方針が転換された経緯がございます。
交差点の路面全体を、赤茶色、いわゆるベンガラ色などで広範囲に塗装する対策のことです。
ドライバーの視野に、ここは交差点だ、と強く訴えかけ、自然な減速と注意喚起を促す手法です。
本記事では、なぜこの交差点が危険であるのか、そして交通弱者である歩行者・自転車・バイクの皆様が、ご自身の命を守るためにどのような行動をとるべきかを、構造と心理の両面から解説してまいります。
1. 多肥小学校北交差点が抱える特殊なリスク
香川県全域では、未信号交差点における出会い頭事故対策として、路面のカラー化が大きな成果を上げてまいりました。
交差点で互いに直交する方向から進入してきた車両同士、あるいは車両と歩行者・自転車が、ほぼ直角に衝突する事故のことです。
一時停止や安全確認の不履行によって発生しやすく、致命傷につながりやすい類型といえます。
県内186箇所を対象とした効果検証では、対策後に出会い頭事故が約66パーセント減少するという、顕著な結果が確認されています。
これは、ドライバーの視覚的な認知を物理的に強制することが、いかに事故抑止に有効であるかを示す重要なデータです。
カラー化が採択されなかったことの意味
ところが、多肥小学校北交差点では、令和5年度の総合診断の結果、面的なカラー化は採択されませんでした。
代わりに採用されたのは、横断歩道や停止線の塗り直し、緑色ドットライン、右折誘導線、停止指導線、そして横断者注意の標識や路面表示の設置といった、極めて緻密でピンポイントな対策です。
横断歩道の手前や交差点周辺に、緑色の点を連続して塗布した路面標示のことです。
歩行者の横断空間を視覚的に強調し、ドライバーに、歩行者が出てくるかもしれない、と注意を促す目的で設置されます。
右折誘導線とは、交差点内でドライバーが正しい軌道を描いて右折できるよう、路面に引かれた破線や実線のガイドのことです。
停止指導線は、右折待ち車両がどの位置で停止すべきかを示す路面標示で、対向直進車との衝突や歩行者の巻き込みを防ぐ目的で設置されます。
この事実が示しているのは、当該交差点における主要な事故リスクが、車両同士の出会い頭事故ではなく、右左折時の人対車両の接触、つまり通学路としての性格に強く偏っている、ということです。
近隣には多肥小学校があり、児童や保護者、自転車での通勤通学者の歩行者交通が頻繁に発生しております。
その一方で、車両側からはバイパスやサン・フラワー通りへの抜け道としても利用されており、両者の利害が同じ空間上で激しく交錯しております。
朝夕の通学・通勤時間帯、そして照度が低下する薄暮の時間帯には、このリスクが最大化いたします。
2. 交差点に潜む3つの構造的な罠
事故の原因をドライバー個人のモラルや不注意にのみ求めても、この交差点では問題は解決いたしません。
インフラそのものが、3つの構造的な罠を抱えているからです。
路面標示の摩耗による安全バッファの消失
総合診断において、横断歩道の東側と南側、それから停止線の塗り直しが指示された、という事実は、これらが経年劣化によって摩耗・退色していたことを意味します。
未信号交差点で停止線が薄くなると、ドライバーの停止位置は無意識のうちに前進し、横断歩道上への車両のはみ出し、すなわちオーバーハングを誘発します。
車両が停止すべき位置を越えて、横断歩道や交差点内部にはみ出して止まってしまう状態のことです。
歩行者の進路を物理的に塞ぐだけでなく、後続車や交差車両からの視認性も損なわれ、二次的な事故リスクを生みます。
明確な視覚的境界線が失われた空間では、ドライバーは、ここは歩行者が絶対的に優先される場所だ、という心理的なプレッシャーを感じにくくなります。
結果として、交差点内部への無秩序な進入が起きてしまうのです。
ショートカット右折が生み出すAピラーの死角
新たに右折誘導線と停止指導線が設置された事実は、これまでドライバーが感覚的に走行軌跡を選び、交差点中心の内側を鋭角に通り抜ける、いわゆるショートカット右折が常態化していたことを物語っています。
このショートカット右折は、致命的な幾何学的死角を生み出します。
車両が鋭角に右折を開始すると、右折先の横断歩道を渡る歩行者や自転車が、フロントガラスと前席ドアの間の柱、いわゆるAピラーの死角に入り込み続けることになります。
自動車のフロントガラスと、運転席・助手席のドアとの間にある、屋根を支える太い柱のことです。
車体強度を保つために一定の太さが必要ですが、その分ドライバーの視界を遮る死角を生み出し、特に右左折時に歩行者や自転車を見落とす原因となります。
歩行者の歩行速度と車両の旋回速度が特定の比率で一致すると、横断中の数秒間、歩行者がドライバーの視界から完全に消失する現象が発生します。
これは、精神論では対処不可能な、物理的な不可視化の現象です。
生活道路と抜け道が同じ平面上で交わる空間
多肥小学校に近接するこの交差点は、本来、児童や住民を守るべき生活道路としての機能を持っております。
しかし、車両側から見れば、幹線道路へ抜けるための便利なルートでもあるのです。
歩行者保護を優先すべき機能と、通過交通として効率を求める機能とが、同じ平面上で交錯することそのものが、速度超過や安全不確認といった、ドライバーのエラーを誘発する温床となっております。
3. ドライバーの見落としはなぜ起きるのか
ここからは、ドライバーがなぜ歩行者や自転車を見落としてしまうのかを、認知心理学の観点からご説明いたします。
自分は見えているはずだから大丈夫、という思い込みを、まず捨てていただきたいのです。
視覚的トンネル現象という認知の罠
未信号交差点で右折するとき、ドライバーの脳は同時並行で複数の情報処理を強いられます。
最も致死的な脅威となる対向直進車の速度と距離の判定、自車の走行軌跡の予測、左方からの二輪車や自転車の確認、そして横断歩道上の歩行者の確認、これらすべてを瞬時に処理しなければなりません。
このとき、ドライバーの視線、つまり視野の中心は、最も致命的な脅威である対向車に釘付けになります。
この状態を、視覚的トンネル現象と呼びます。
緊張や焦りが極度に高まったとき、人間の脳が中心の一点だけに視覚処理を集中させ、周辺視野の情報を切り捨ててしまう現象のことです。
トンネルの奥を覗き込んでいるように視界が狭くなることから、この名で呼ばれます。
ドライバーがこの状態に陥ると、横断歩道上の歩行者は視野に映っていても認識されません。
対向車が途切れた瞬間にアクセルを踏み込みますが、横断歩道上の歩行者は周辺視野にしか入っておらず、しかもAピラーの死角と重なれば、ドライバーの認知世界からは完全に消えてしまうのです。
これは、見たけれども見えなかった、と訳されるLBFTSエラーと呼ばれる、典型的な認知エラーです。
Looked But Failed To Seeの略で、直訳すれば、見たけれども見えなかった、という意味の交通心理学用語です。
眼球には対象物が映っているにもかかわらず、脳がその情報を処理せず、まるで存在しないかのように扱ってしまう認知エラーを指します。
ドライバーが、ちゃんと見たのになぜか歩行者に気づかなかった、と語る事故の多くが、この現象に起因します。
サッカード抑制と不注意盲目
左折時の巻き込み事故にも、特有の認知エラーが関わっております。
左折するドライバーは、右側からの直進車の切れ目を探すため、頻繁に首を左右に振ります。
眼球が素早く動くサッカード運動の最中、人間の脳は視覚のブレを防ぐためにコンマ数秒間、視覚入力を遮断しているのです。
サッカード運動とは、人間の眼球が対象から対象へ素早く飛ぶように動く運動のことです。
このとき映像のブレが脳に届かないよう、脳が一時的に視覚情報を遮断する仕組みが、サッカード抑制です。
首を振って安全確認しているように見えても、視線が動いている間のコンマ数秒は、実は脳が見えていない状態にあります。
ちょうどその盲目の瞬間に自転車が横断歩道へ進入していた場合、ドライバーの脳には自転車の存在が一切登録されません。
さらに、ドライバーの脳が、対向車の有無、という特定の脅威だけをフィルタリングしているとき、視野内に歩行者がはっきり映っていても、その情報が処理されずに破棄される、不注意盲目という現象が発生いたします。
ある特定の対象に強く注意を集中しているとき、視野内に他のものがはっきり映っていても、脳がそれを認識できなくなる現象のことです。
車だけ、あるいは対向車だけ、を探しているドライバーには、歩行者や自転車が見えていても、見えていないのと同じ状態になります。
信号機がないという環境は、ドライバーに、自分の判断で隙を見て進入せよ、というタイムプレッシャーを与え続けているのです。
4. 命を守るための4つの物理的な自己防衛行動
ここからが本記事の核心です。
気をつける、アイコンタクトを取る、といった抽象的な心構えは、認知エラーに陥ったドライバーには通用いたしません。
歩行者・自転車側が、空間と時間を物理的にコントロールする具体的な行動をご提案いたします。
緑色ドットラインを侵入限界線として使う
当該交差点には、横断歩道を強調する緑色ドットラインが塗り直されております。
このラインは、ドライバーへの警告であると同時に、歩行者・自転車にとっては、車両が侵入してくる可能性のある限界線を示すマーカーとして活用すべきものです。
横断待ちの際、縁石のギリギリで立つことは絶対に避けてください。
靴のつま先や自転車の前輪が、白線と緑色ドットラインから少なくとも1メートル以上後ろ、つまり歩道側の奥に位置するよう、物理的な距離を確保して待機いたしましょう。
横断開始のトリガーは、車両のタイヤの回転が完全に停止したことを目視で確認できた瞬間のみといたしてください。
止まってくれるだろう、という予測で歩み出すことは、視覚的トンネル現象に陥ったドライバーからのノーブレーキ突撃を許容することと同義である、とお考えください。
ドライバーの頸部の向きで安全を判定する
天候や反射、距離の関係で、ドライバーの眼球の動きを確認することは、現実的に不可能です。
そこで、ドライバーの頭部、つまり顔全体の向きを、物理的な判定基準にしてください。
ドライバーの顔の正面が、自分の存在する空間にまっすぐ向けられているかどうかを確認します。
左折車のドライバーの顔が右側、すなわち対向車線方向に固定されている場合、その車両は100パーセントの確率であなたを認知しておりません。
横断を始めてよいのは、ドライバーの顔の正面が完全に自分に向き、かつ車両が完全に停止している、という2つの条件が同時に満たされた場合のみ、という厳格なルールをご自身に課してください。
右折誘導線からの逸脱を早期警戒信号とみなす
新たに設置された右折誘導線と停止指導線は、ドライバーに正規の軌道を示すための、物理的な統制装置です。
歩行者・自転車側は、このインフラの意図を逆手にとり、ご自身の早期警戒システムとして活用してください。
交差点に進入してきた右折車両の前輪が、路面の右折誘導線に沿って走っているかを目視で追跡いたします。
もし前輪が誘導線を無視して内側、つまりショートカット軌道に進入してきた場合、その車両は速度が高すぎるか、ドライバーが歩行者への注意を完全に欠いている証拠です。
この軌道異常を検知したら、即座に後退するか、横断歩道上で歩みを止め、車両が通過するまで衝突空間から物理的に離脱してください。
誘導線からの逸脱は、衝突リスクを示す最強の先行指標です。
左折車との並走を絶対に避ける
自転車で交差点に接近するとき、同じ方向に進み、左折のウインカーを出している車両がいた場合、その車両の左側面に並んで交差点へ進入することは、絶対に避けてください。
意図的にペダルを止めて速度を落とし、左折車両の後輪の車軸がご自身の前方を完全に通過し終わるまで、交差点手前で待機いたしましょう。
この時間的差分を意図的に作り出すことで、内輪差による圧殺領域から物理的に外れることができます。
車両が曲がるとき、前輪が描く軌跡よりも、後輪が描く軌跡のほうがカーブの内側を通る性質のことです。
このため、左折車両は前輪が通り過ぎた後を、後輪がより内側、つまり歩道寄りを通って進みます。
歩道のすぐ脇に立っていると、運転席は通り過ぎたのに後輪に巻き込まれる、という事故が起きてしまいます。
不注意盲目に陥ったドライバーの認知エラーを、空間的隔離によって無効化する技術です。
5. 万が一、事故に遭われたときの基本対応
これだけ気をつけていても、構造的な弱点を抱えた交差点では、リスクを完全にゼロにすることはできません。
万が一、事故に遭われた場合は、必ず以下の3点を実行してください。
第一に、警察を呼び、人身事故として届け出ることです。
未信号交差点での事故は、過失割合の判定が複雑になりやすく、物損扱いで処理してしまうと、後で大きな不利益を被る可能性があります。
交通事故において、当事者それぞれにどの程度の責任があったかを、数字の比率で表したものです。
例えば、歩行者10対車両90、のように示され、この比率が損害賠償額に直接影響いたします。
未信号交差点の事故では、安全確認義務の評価が複雑になり、慎重な検討が必要となります。
第二に、現場の写真をできる限り撮影・保存することです。
特に、車両と横断歩道・停止線・誘導線との位置関係、Aピラーの死角に関わる構造、路面標示の摩耗状況などは、後日の検証で重要な資料となります。
第三に、たとえ体に異常を感じなくとも、必ず病院で診察を受け、診断書を取得することです。
事故から数日経って、痛みや痺れが顕在化する事案は決して珍しくありません。
6. まとめ 認知の限界を、行動で補うために
多肥小学校北交差点は、面的なカラー化ではなく、ピンポイントの路面標示や標識という形で、対策が施された場所です。
インフラ側は、ドライバーへの情報提供と軌道の示唆という限界まで、対策を尽くしておりますが、それは物理的な衝突を自動的に防ぐ障壁にはなりません。
最終的にご自身の命を守るのは、歩行者・自転車側の物理的な防衛行動なのです。
緑色ドットラインの内側に1ミリも入らないこと。
ドライバーの頸部の向きで判定すること。
右折誘導線からの逸脱を警戒信号とすること。
そして、左折車との並走を避けること。
この4つの技術は、運転者の善意や正常な認知機能に依存することなく、ご自身の生命を物理法則の力で守るための、具体的な方法です。
多肥小学校の児童やそのご家族、近隣にお住まいの皆様、毎日この交差点を通行されるすべての方々に、本記事の内容をご家族や学校・職場で、ぜひ共有していただきたいと願っております。
事故ゼロの高松市を目指して、地元で活動する一人の弁護士として、皆様の安全な毎日を、心よりお祈り申し上げます。
