腹部・内臓の後遺障害

角膜に傷がつくケース 眼に関する日常生活への影響

1.腹部・内臓の後遺障害とは ― 腹部は「無防備な急所」

交通事故での後遺障害だと、足や腕など、見える部分の後遺障害を思い浮かべることが多いのですが、腹部や内臓など、目に見えない臓器に重い後遺障害を負うこともあります。
交通事故では、すさまじい衝撃が身体にかかりますが、胸部は肋骨というガードがあるため、ワンクッションあります。
しかし、腹部は、背中側の背骨以外は骨がないため、内臓を守るのは腹部の筋肉と脂肪のみです。
そのため、衝突のショックを受け止めきれないだけでなく、棒状の物が突き刺さった場合、やすやすと腹部を貫くことがあります。
その結果、交通事故により、内臓破裂や損壊・壊死が起こる事があります。
最近の自動車はバンタイプが多くなっているため、被害者が歩行者の場合には、膝から胸のあたりまで衝突されることが多く、さらには道路に叩きつけられることもあるので、内臓破裂のリスクが上がります。
また、運転手も、スピード超過の状態で衝突した場合には、シートベルトが内臓を圧迫したり、シートベルトをしていない場合ではハンドルに体が叩きつけられたり、車が衝突で押しつぶされて内臓破裂というケースも珍しくありません。

2.内臓の種類と役割 ― どこを痛めると何が起こるか

どのような障害が起こるのかを知るために、内臓の種類と役割をあげていきます。
肝臓は、もし肝臓の機能を人工的な機械で全てまかなう場合には工場1個分の機器が必要、と称されるくらい、様々な役割を果たしています。
肝臓の主な働きとしては、蛋白の合成・栄養の貯蔵、有害物質の解毒・分解、消化に必要な胆汁の合成・分泌です。
特に有害物質の解毒・分解は生きていくうえで重要で、そのままでは有害なアルコールの分解も、肝臓の作用によるものです。
膵臓は、インスリンの分泌をつかさどり、血糖値を一定に保つ作用があります。
もし膵臓が無くなった場合には、血糖値を下げるインスリンの分泌がなくなるため糖尿病となり、一生インスリン注射が必要となります。
腎臓は、腰のあたりに左右2個あり、血液を濾過して、有害物質を尿に排出しています。
腎臓の働きが悪くなると、有害物質を尿の中に排出できず、全身に蓄積していき尿毒症になり、最悪、死亡してしまいます。
脾臓は、いらなくなった赤血球の破壊の役割がありますが、なくても生存できるため、不要の臓器、とも揶揄されることがあります。
しかし、近年の研究では、脾臓は免疫の働きに重要な役割を担っているのではないかと言われています。
小腸は消化物の栄養の吸収を、大腸は水分の吸収を担っています。
つまり、内臓破裂や損傷をしてしまうと、内臓が担っている役割が十分果たせなくなったり、まったく機能が無くなってしまったりすることになります。
特に、血液のタンク、とも言われている肝臓が大きく損傷してしまった場合は、後遺障害以前に出血で命の危険性があります。
出血を止めたとしても、肝臓としての用をなさないのであれば、生きるために必要な血液量を体内にストックできず、死に至ります。
また、内臓の損傷には、生殖機能の損傷もあります。
男性であれば睾丸、女性であれば子宮や卵巣が該当します。
これらが損傷した場合、生殖が不可能、もしくは非常に困難な状態に陥る事があります。

3.事故直後は無症状でも、油断できない

内臓の損傷で特に恐ろしいのは、事故直後には症状が出ないことがある、という点です。
代表的なのが脾臓で、事故の衝撃でひびが入っていても、数日から数週間たってから突然破裂して大出血を起こす、遅発性破裂という現象が知られています。
また、肝臓や腸の損傷も、受傷当初は軽い腹痛程度で、時間がたってから腹膜炎などの重篤な状態に進行することがあります。
シートベルトを着用していた場合、腹部にベルトの痕(シートベルト痕)が残っていることがありますが、これは腹部に強い圧力がかかった証拠であり、内臓損傷を疑う重要なサインとされています。
交通事故の後、腹部の痛みや張り、吐き気、発熱などが現れた場合には、事故から日数がたっていても、事故のことを伝えた上で、すぐに医療機関を受診してください。
早期発見が、命を守るだけでなく、交通事故との因果関係の証明にもつながります。

【用語解説】遅発性脾破裂(ちはつせいひはれつ)
事故の衝撃で脾臓の内部に損傷が生じたものの、被膜がかろうじて保たれていたため、数日から数週間後に突然破裂して大出血を起こすもの。
事故直後の検査で異常なしとされた後に起こり得るため、腹部を強打した場合は経過観察が重要になる。

4.内臓の後遺障害は、一生涯の治療を覚悟することも

内臓系の損傷の場合、外傷系よりも、定期的な通院と治療・投薬が必要なケースが多いです。
外傷の場合には、リハビリや日々を重ねることによる馴れ(馴化)で軽減することがあるのですが、内臓の損傷の場合は、内臓自体の機能が無くなっているもしくは減少しているため、良くて寛解状態か、投薬がなければ悪化することになるからです。
そのため、内臓系の後遺障害が残った場合には、程度によっては、一生涯の通院・治療・投薬を覚悟しなければならないこともあります。
その点をよく理解せずに示談をしてしまうと、示談金額がそこそこもらえたと思ったけれども、一生涯の治療費と薬代で考えた場合全然足りない、といったことも起こりえます。
原則として、症状固定後の治療費は賠償の対象外とされますが、生命や健康の維持に不可欠な治療については、将来の治療費・投薬費として賠償請求が認められる場合があります。
人工透析の費用やインスリンの費用などが、その典型例です。
示談する際には、将来的な治療や投薬なども含めて、後遺障害慰謝料などの精査をする必要があるため、交通事故に精通した弁護士に相談の上、加害者に請求をしていく方がよいでしょう。

【用語解説】寛解(かんかい)
病気の症状が一時的に軽くなったり、落ち着いたりしている状態のこと。
完治と違い、病気そのものが治ったわけではないため、治療や投薬を続けなければ悪化する可能性が残っている。
内臓の後遺障害では、完治ではなく寛解の維持が治療の目標になることが多い。

5.日常生活への影響① 肝臓・膵臓の障害

交通事故により腹部・内臓に障害が起こった場合には、損傷した内臓が担っていた役割に関することに、支障が出ます。
肝臓の主な働きは、タンパク質の合成・栄養の貯蔵、有害物質の解毒・分解、消化に必要な胆汁の合成・分泌なので、肝臓が損傷した場合には、これらに支障が出ます。
タンパク質の合成が出来ず、栄養の貯蔵が出来なければ、いわゆる栄養失調の状態が続きます。
有害物質の解毒・分解が出来なければ、体内に入った有毒物質がいつまでも体内に残り続けるため、中毒症となった状態のままになります。
有毒物質と言うと、毒、といった印象がありますが、実際には、アルコールや、銀杏に含まれるメチルピリドキシンなど、日常に食べているものにも微量の毒があります。
それを肝臓が解毒しているので、健常者には何ともなくても、肝機能障害がある場合には、重度の中毒症状が現れることもあります。
肝臓が悪くなった際に現れる症状に、黄疸、がありますが、これは肝臓で作られる胆汁のもとであるビリルビンが、血液内で高濃度となる事で起こります。
黄疸には、皮膚や白目が黄色くなるほかに、副次的な症状としてかゆみがあります。
膵臓は、血糖値をコントロールするインスリンを分泌する働きがあるため、膵臓が欠損してしまうとインスリンが分泌されず、重度の糖尿病患者となります。
そのため、糖尿病の症状である、のどが乾く、トイレの回数が増える、疲れやすくなる、といった症状のほかに、重症化すると、失明や腎不全を引き起こします。
また、インスリン注射による血糖値のコントロールが必要となるため、日常的にインスリンを携帯する必要があります。
毎日の注射と血糖測定、食事の内容や時間の管理と、生活のすべてが血糖値を軸に回ることになり、外食や旅行の自由も大きく制限されます。

6.日常生活への影響② 腎臓・腸の障害

腎臓は、血液をろ過して、有害物質を尿に排出しています。
腎臓に障害が現れると、十分に有害物質が排出されず尿毒症を引き起こしたり、尿が作られず排尿障害が起きて、身体にむくみが出ます。
この場合、腎不全と同じように、血液中から有害物質と余分な水分を抜く人工透析が、一生涯必要となります。
人工透析は一般的に週3回、1回4時間程度を要するため、通院そのものが生活の中心となり、就労時間も大きく制約されます。
日常生活では、腎不全と同様に塩分と水分の摂取制限が必要となります。
また、血管が有毒物質にさらされるので血管がもろくなり、内出血を起こしやすくなったりするため、脳内出血や心臓病のリスクを高めることになります。
大腸や小腸は、他の内臓と比べて細く長いため、1か所で損傷が起きても、その部分を切除しつなぎ合わせる手術が行われるので、重大な障害が残る可能性は低いのですが、大腸を切除した場合には、便の水分を十分に吸収しきれずに、常に下痢状態になる事もあります。
また、肛門部分の障害が起こった場合には排便障害が起こり、便秘ならば日常的に浣腸や摘便が必要になり、逆に便失禁のために、人工肛門が必要になる事もあります。
人工肛門になると、装具の交換や排泄物の処理という日々のケアに加え、装具の購入費用も継続的にかかります。
なお、人工肛門を造設した場合は、後遺障害として第5級または第7級相当という上位の等級で評価されるため、認定の際の重要なポイントになります。

【用語解説】人工肛門(ストーマ)
腸や肛門の障害により自然な排便ができなくなった場合に、腹部に造設する便の排出口のこと。
排泄物を受けるパウチと呼ばれる装具を常時装着し、定期的に交換する必要がある。
装具は消耗品のため、将来分の装具費用も損害賠償として請求を検討すべき項目になる。

7.日常生活への影響③ 生殖器官の障害は健康にも影響がある

生殖機能の損傷では、男性であれば睾丸(精巣)、女性であれば子宮や卵巣が該当します。
これらが損傷した場合、生殖が不可能、もしくは非常に困難な状態に陥る事があります。
交通事故の被害者がある程度の年齢以上で、年齢的に生殖が困難である場合であっても、生殖機能の喪失が精神的な打撃となる事があります。
また、未婚もしくは結婚してまもなくで子供がいない、2人目以上を希望している、といった場合には、身体のみならず、ライフスタイルや夫婦間などにも大きな問題を作ってしまう危険性があります。
また、生殖器官は、性ホルモンと密接な関係があります。
男性ホルモンは主に睾丸で作られますし、女性ホルモンは主に卵巣で作られます。
生殖器が喪失もしくは機能不全となった場合には、これらの性ホルモンの分泌が無くなってしまうことを指します。
男性ホルモン・女性ホルモンはともに、男性女性の身体を作り、精神のバランスにも関係してきます。
その性ホルモンが分泌されないということは、重度の更年期障害と同じ症状が現れるということです。
更年期の症状は個人によってかなり違いますが、倦怠感・イライラ感・ほてり・めまい・頭痛・気力の減退・思考力の低下・自律神経の乱れ・抑うつなど、かなりの広範囲にわたり、複数の症状が出ることも珍しくなく、人によっては寝込んでしまう事があります。
この場合、ホルモン剤の投与が効果的なのですが、効きに個人差があったり、合併症によっては使えないホルモン剤もあるため、通院による投薬が欠かせなくなります。

8.腹部・内臓に関する後遺障害認定について

交通事故での腹部・内臓に関する後遺障害は、生殖器部分を除き、胸腹部臓器の機能、でまとめられており、腎臓を失ったから、ではなく、どれだけの障害が現れているかが重要になります。
つまり、どの臓器を痛めたかという臓器別ではなく、臓器の機能低下が労働能力と日常生活にどれだけ影響しているか、という機能別で等級が決まる仕組みなのです。
腹部・内臓の障害に対する後遺障害認定の要件は、細かく条件付けされています。

第1級(自賠責保険金額3000万円)
・胸腹部臓器に著しい障害を残し、常に介護を要するもの
(重度の胸腹部臓器の障害のために、生命維持に必要な身の回り処理の動作について、常に他人の介護を要するもので、日常生活の範囲が病床に限定されているもの)

第2級(自賠責保険金額2590万円)
・胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、随時介護を要するもの
(高度の胸腹部の障害のために、生命維持に必要な身の回り処理の動作について、随時介護を要するもので、日常生活の範囲が主として病床にあるが、食事、用便、自宅内の歩行など短時間の離床が可能であるか、または差し支えのない状態のもの)

第3級(自賠責保険金額2219万円)
・胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの
(生命維持に必要な身の回り処理の動作は可能であるが、高度の障害のために、終身にわたりおよそ労務につくことができないもの)

第5級(自賠責保険金額1574万円)
・胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの
(身体的能力の低下などのため、独力では一般平均人の4分の1程度の労働能力しか残されていないもの)

第7級(自賠責保険金額1051万円)
・胸腹部臓器の機能に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの
(中程度の胸腹部臓器の障害のために、労働能力が一般平均人以下に明らかに低下しているもので、独力では一般平均人の2分の1程度の労働能力しか残されていないもの)
・両側の睾丸を失ったもの

第9級(自賠責保険金額616万円)
・胸腹部臓器の機能に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの
(社会通念上、その就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの)
・生殖器に著しい障害を残すもの

第11級(自賠責保険金額331万円)
・胸腹部臓器に障害を残し、労務の遂行に相当な程度の支障があるもの
(一般的労働能力は残存しているが、胸腹部臓器の機能の障害が明確であって、労働に支障を来たすもの)

第13級(自賠責保険金額139万円)
・胸腹部臓器の機能に障害を残すもの

ここで争点となるのが、障害により、どれだけ日常生活に支障があり、労働能力が喪失したかという点です。
内臓の機能低下を証明するには、血液検査や尿検査の数値、画像検査の結果など、客観的な検査データの積み重ねが重要になります。
症状固定までの検査結果は、すべて保管しておきましょう。
なお、内臓の障害では、後遺障害の等級認定とは別に、内部障害として身体障害者手帳の対象になったり、障害年金を受給できたりする場合もあるため、市区町村の窓口や年金事務所への相談も並行して検討する価値があります。

9.保険会社側から「実際に減収したのか?」という反論がされることがある

例えば、被害者側が、腎臓の喪失で重度の腎不全と同様の強い倦怠感を日常的に感じるため仕事をすることができない、そのため第3級に相当する、と主張したとします。
これに対して加害者側から、被害者と同年代の重度の腎不全の患者でも、週2回の人工透析をしながら会社に勤務しており、賃金センサスの平均賃金を受け取っているため、被害者の主張は納得できない、との反論がなされることがあります。
この場合、裁判所は、診断書の内容を重視するだけでなく、被害者の実際の生活にどれだけの支障が出ているかも、判断材料とします。
交通事故から裁判まで、継続して起き上がることができないような症状が続いているのならば、裁判所も認定に傾くかもしれません。
しかし、普段から飲酒を伴う飲食店に行ったり、介添えなしの旅行に行くなど、被害者の主張に疑問がある場合には、認められる可能性は低くなると言えます。
症状の主張と日常の行動に矛盾がないことは、内臓の障害でも変わらない鉄則です。
後遺障害認定されるか否かで、後遺障害慰謝料が支払われるかどうかが変わってくるのですが、弁護士を通じて請求する場合には判例基準で請求するため、自賠責基準に比べると大幅に増額します。
自賠責基準だと、慰謝料部分は第1級で1100万円、第2級で958万円、第4級で712万円、第9級で245万円、第11級で135万円ですが、判例基準ですと、第1級で2800万円、第2級で2370万円、第4級で1670万円、第9級で690万円、第11級で420万円なので、差は3倍近くなります。
さらに、内臓の後遺障害では、慰謝料と逸失利益に加えて、将来の透析費用・投薬費用・人工肛門の装具費用など、生涯にわたる損害の請求漏れを防ぐことが、賠償額を大きく左右します。
自動車保険に弁護士費用特約が付いていれば、多くの場合自己負担なしで弁護士に依頼できます。
目に見えない内臓の障害は、周囲に苦しみが伝わりにくい障害でもあります。
検査データの積み重ねと、将来を見据えた請求で、生涯の治療を支える適正な補償を受け取りましょう。

【用語解説】賃金センサス
国が毎年実施している賃金の統計調査のこと。
性別・年齢・学歴ごとの平均賃金がまとめられており、交通事故の賠償実務では、主婦や学生など収入の証明が難しい人の逸失利益を計算する際の基礎資料として広く使われている。