腰腹部の後遺障害

腰腹部は、人体の構造からみても弱い部類に入る部位です。
そもそも人類は4足歩行の哺乳類から進化した経緯があるため、直立歩行は首の骨や腰の腰椎に負担がかかりやすい体勢だと言えます。
そのため、普段からぎっくり腰やヘルニアなど、腰椎にまつわる疾病を抱える方は多くいます。
交通事故ではこの弱点に強い衝撃が加わるため、腰腹部の怪我は重症化しやすく、後遺障害が残るケースも少なくありません。
この記事では、腰腹部に生じる後遺障害の種類と日常生活への影響、そして後遺障害等級認定のポイントや慰謝料まで、まとめて解説します。
1.交通事故で腰腹部を損傷しやすい理由
歩行者対自動車の交通事故の場合、歩行者が腰腹部を痛めることはよくあります。
ミニバンは、被害者の腰に衝突しやすい
セダンタイプだと自動車のバンパーは成人の膝のあたりにあるのですが、昨今流行りのミニバンやバンタイプだと、車体の前面が腰あたりの高さまでフラットになっているものが多く、腰や腹部にダイレクトに衝突することが多くなっているからです。
また、自動車に衝突した後、ボンネットに乗り上げたり、地面に叩きつけられたりして、腰骨を骨折したり、内臓に損傷を生じたりします。
シートベルト外傷にも注意が必要
運転手の方も、シートベルトやエアバッグなどで車体から飛び出るような大きな事故にはなりにくくはなりますが、シートベルトで怪我をすることがあります。
通常の3点シートベルトは肩から腰骨まで下ろし、左右の骨盤の上を覆うように装着します。
しかし、シートベルトがたるんでいたり、腹部にシートベルトを載せるようにしていると、交通事故時に大きな怪我を負うリスクが、正しく装着している時よりも高まります。
『シートベルト外傷(損傷)』と呼ばれるもので、衝突時に慣性の法則で体は前に行くのですが、シートベルトがそれを抑えるため、結果として肋骨を骨折したり、内臓を傷つけたり、腰椎の損傷などにつながることがあります。
衝突時にシートベルトが腹部や胸部に強く食い込むことで生じる怪我の総称。
肋骨骨折のほか、腸管の損傷や腰椎の圧迫骨折など、外見からは分かりにくい重い怪我が隠れていることがある。
シートベルト外傷を防ぐには、腰ベルトを骨盤の出っ張りにしっかりかけ、腹部の柔らかい部分に載せないことが重要です。
小柄な方や妊娠中の方はベルトの位置がずれやすいため、座席の高さやシートポジションを調整し、正しい位置で装着するよう心がけましょう。
2.内臓の損傷は重症化しやすい
心臓や肺などは肋骨でおおわれているのですが、胃よりも下の肝臓や腸などの臓器は腰椎(背骨)があるだけで守られていません。
そのため、交通事故で内臓破裂が起こった場合、肋骨より下部にある臓器が破裂することが多いです。
肝臓を損傷すると重症化しやすい
特に肝臓は『血液のタンク』と呼ばれるほど血液の貯蔵量が多く、肝臓が破裂してしまうと生命維持に必要な量の血液が維持できなくなる可能性が高くなります。
また、肝臓は解毒作用や代謝・免疫などをつかさどる働きがあるため、肝臓の再生能力は大きく半分以上切除しても3~6か月ほどで元の大きさまで肥大するとはいえ、肝臓破裂で切除した場合には、完全に再生するまでは肝機能不全の症状が出ます。
腎臓の損傷は生涯にわたる影響を残す
腎臓は血液の中の老廃物をとりだし、尿として排出する『血液の濾過装置』の役割があり、腰骨あたりの高さに左右1つずつあります。
もし、腎臓が2つとも破裂した場合、血液中の老廃物を取りだし、余分な水分を尿として排出できなくなるため、尿毒症に陥ります。
尿毒症の症状は重く、重度の腎不全患者などは数日透析を行わないだけでも、死に至ります。
この場合、人工透析か腎臓移植しか治療の方法が無いため、一生涯人工透析をしなければいけないか、移植の適合者が現れるのを待つことになります。
また、腎臓の破裂が1つの場合は直ちに命に係わるとは言えませんが、腎機能が半分になるため軽い尿毒症状の
・『疲れやすい』
・『むくみが出る』
・『貧血』
・『血圧が上がる』
・『だるさが取れない』
といった症状に悩まされることが多いです。
しかも、残った腎臓の働きが悪くなると急激に症状が悪化しやすくなるため、日頃から体調管理に気を付けなければいけません。
症状が遅れて現れる内臓損傷もある
内臓の損傷で怖いのは、事故直後には自覚症状がほとんどないケースがあることです。
腹腔内でじわじわと出血が進み、数時間から数日たってから激しい腹痛や血圧低下、意識障害が現れる遅発性の内出血も報告されています。
事故直後に痛みがなくても、腹部を打った可能性がある場合は必ず医療機関を受診し、CTなどの画像検査を受けておくことが大切です。
早期の受診は命を守るだけでなく、事故と怪我の因果関係を証明するうえでも重要な意味を持ちます。
受診が遅れると、その怪我は本当に事故が原因なのか、と保険会社から因果関係を争われるリスクが高まるからです。
3.腰椎の骨折・脊髄損傷のリスク
腰椎を骨折した場合には、脊柱の変形により歩くことが困難となったり、まっすぐに立つことが出来なかったり、反対に座ると痛みがあったりバランスが崩れたりするため椅子に座ることができないなど、日常生活に支障が起こるケースがあります。
また、腰部分に大きな衝撃を受けた場合には、脊髄損傷の危険性もあります。
脊椎の中には脊髄と呼ばれる神経の束が通っているのですが、骨折時に脊髄を傷つけてしまうと、最悪下半身不随になってしまいます。
不随とまではいかずとも、足に麻痺が起こったり、排尿排便障害が起こったりと、後遺障害が残ることもあります。
背骨の中を通る神経の束(脊髄)が傷つくこと。
脊髄は一度損傷すると自然にはほぼ再生しないため、麻痺や感覚障害などの症状が永続的に残りやすい。
完全に機能が失われる完全損傷と、一部の機能が残る不完全損傷とに分けられる。
4.日常生活への影響
交通事故で腰腹部に現れる後遺障害の多くは、『腰の痛み』が上げられます。
直接的な腰への打撲が原因のこともありますが、腰椎の骨折や内臓の損傷など原因は多岐にわたります。
交通事故直後にレントゲンやCTなどの検査が行われることがほとんどですので、骨折や内臓損傷の場合はそれに応じた治療がなされます。
交通事故で腰の痛みのみある場合はイメージ的には『ぎっくり腰』をした時と似ており、『立つと痛い』・『歩くと痛い』・『何もせず寝ていても痛い』と、もともと腰痛を抱えている方ならば、容易に状況が理解できると思います。
このような場合は、打撲が大きな原因と考えられ、日数経過による自然治癒が中心となるため、湿布と鎮痛剤といった処方が行われ、数日間の安静を言い渡されることがほとんどです。
しかし、同じ腰の痛みでも骨折や脊髄損傷などが原因の場合には、症状が安定するまで安静が必要となるため、起きて体を動かすことは厳禁になることが多く、日常の家事なども行えず、時にはトイレに行くこともままならないということもあります。
また厄介なのが、腹部の異常です。
交通事故により内臓に破裂や一部損傷が起こった場合、傷自体は完治しても機能が完全には戻らないということがあります。
腎臓を損傷すると人工透析が必要になる
腎臓は血液中の老廃物を尿として排出する機能があり、2つある腎臓の両方が損傷してしまうと、人工透析の必要が生じます。
また、片方だけの損傷であっても、腎臓機能が低い方ならばやはり人工透析が必要となりますし、人工透析が不要であっても老廃物の排出が悪いために常に倦怠感があったり血圧が高めになったりなど、交通事故以前よりも『身体が重い』と感じる人が多くあります。
人工透析が必要になると、週3回程度、1回あたり4時間前後の通院を続けなければならず、就労時間や旅行などの行動が大きく制限されます。
この通院負担そのものが、生活の質を大きく左右する後遺障害だと言えます。
胃や腸の損傷後は食生活が変わる
胃や腸が交通事故で損傷した場合には、多くの場合は裂け目を縫い合わせる『縫合手術』が行われるのですが、大規模に損傷していたり壊死している場合には、そこの部分を切除して『再建手術』がなされます。
胃や腸は再建手術後、元の機能を取り戻してはいきますが、100%機能が元に戻るとは限りません。
胃の場合であれば消化不良や胃が小さくなったことによる摂取障害、腸の場合には腸が短くなったことにより下痢が起こったり、繊毛運動が鈍くなり便秘になりやすくなったりといったことが起こります。
一度に食べられる量が減るため、1日5~6回に分けて少しずつ食事をとる分食が必要になるなど、食生活そのものの見直しを迫られることもあります。
肝臓の再生には時間がかかる
肝臓は非常に再生しやすい臓器と言われており、肝臓を移植する際にドナーの肝臓を半分に割り、2人の患者に移植することもあるほどで、臓器移植でも腎臓に次いで肝移植の件数が多いです。
肝臓を切除した場合、元の大きさに戻るのに3か月から6か月ほどかかります。
肝臓は解毒作用や代謝・免疫などをつかさどる働きがあり、再生するまでの間はそれらの機能が低下してしまうため、身体が疲れやすく風邪などを引きやすい体質になります。
また、高齢の場合には十分に肝臓が再生しない可能性もあり、肝機能不全の状態を抱えることになります。
再生中や肝機能不全の状態の時に飲酒をするのは厳禁ですし、一見身体によさそうな果物も果糖が多く含まれているものならば肝臓に負担がかかるため、食事制限を念頭に入れて食生活を送らなければいけません。
脊髄損傷の場合には、下半身麻痺となるケースもある
腰腹部の損傷で重症の部類に入るのは脊髄損傷で、腰の脊髄が完全損傷した場合には下半身麻痺が起こり歩行が困難となります。
不完全損傷の場合には、人により症状が変わりますが、足に麻痺が出て歩行困難となるほかに、排便や排尿が任意にできず失禁したり便秘になったりする排便障害、触覚や温覚・痛覚がなくなる感覚障害などがあります。
感覚障害の場合、一見大きな障害に感じられないかもしれませんが、カイロなどで低温やけどを負ったり、足に怪我をしたり他の病気で通常なら生じる痛みを感じないため発見が遅れたりなど、副次的に大きな障害を起こすケースもあります。
5.腰腹部に関する後遺障害認定について
交通事故での後遺障害は、大きく分けて『内臓器の障害』、『腰椎の障害』、『脊髄の障害』、『腰の痛みに関する障害』になります。
脊髄損傷を負い両足の用をなさなくなった場合には、後遺障害等級は重いものになりますが、その他の後遺障害に関しては障害の度合いによって上下することが多いです。
腰腹部に対する後遺障害認定の要件は、細かく条件付けされています。
介護第1級(自賠責保険金額4000万円)
・胸腹部臓器に著しい障害を残し、常に介護を要するもの
介護第2級(自賠責保険金額3000万円)
・胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、随時介護を要するもの
第1級(自賠責保険金額3000万円)
・両下肢の用を全廃したもの
第3級(自賠責保険金額2219万円)
・胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの
第5級(自賠責保険金額1574万円)
・胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの 「身体的能力の低下などのため、独力では一般平均人の4分の1程度の労働能力しか残されていないもの」
・一下肢の用を全廃したもの
第6級(自賠責保険金額1296万円)
・一下肢の三大関節中の二関節の用を廃したもの
第7級(自賠責保険金額1051万円)
・胸腹部臓器の機能に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの 「中程度の胸腹部臓器の障害のために、労働能力が一般平均人以下に明らかに低下しているもので、独力では一般平均人の2分の1程度の労働能力しか残されていないもの」
・両足の足指の全部の用を廃したもの
・両側の睾丸を失ったもの
第8級(自賠責保険金額819万円)
・胸腹部臓器の機能に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの 「社会通念上、その就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの」
第9級(自賠責保険金額616万円)
・生殖器に著しい障害を残すもの
・一足の足指の全部の用を廃したもの
第10級(自賠責保険金額461万円)
・一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの
第11級(自賠責保険金額331万円)
・胸腹部臓器に障害を残し、労務の遂行に相当な程度の支障があるもの 「一般的労働能力は残存しているが、胸腹部臓器の機能の障害が明確であって労働に支障を来たすもの」
・一足の第一の足指を含み二以上の足指の用を廃したもの
第12級(自賠責保険金額224万円)
・一足の第一の足指又は他の四の足指の用を廃したもの
・局部に頑固な神経症状を残すもの
第13級(自賠責保険金額139万円)
・胸腹部臓器の機能に障害を残すもの
・一足の第二の足指の用を廃したもの、第二の足指を含み二の足指の用を廃したもの又は第三の足指以下の三の足指の用を廃したもの
第14級(自賠責保険金額75万円)
・一足の第三の足指以下の一又は二の足指の用を廃したもの
・局部に神経症状を残すもの
下肢(足)に関する後遺障害等級は、腰部の脊髄を損傷した場合に現れる後遺障害によるもので、原因は腰の脊髄損傷であるが後遺障害部分は足に表れている、というものをあげています。
骨折を伴わない腰の痛みは第14級・第12級が目安
骨折などの明らかな他覚所見がなく、腰の痛みやしびれだけが残った場合には、第14級9号の『局部に神経症状を残すもの』として認定されるのが一般的です。
一方、MRI画像で神経の圧迫が確認できるなど、症状を医学的に証明できる場合には、第12級13号の『局部に頑固な神経症状を残すもの』が認定される可能性があります。
両者では自賠責保険金額だけでも85万円の差があり、逸失利益まで含めると賠償額の差はさらに大きくなるため、画像検査による立証が非常に重要です。
内臓の後遺障害の場合には重症と認定されやすい
特に注目したいのが、胸腹部の内臓器にかかる後遺障害の認定です。
内臓器の後遺障害が重く介護が必要な状態になっても、介護1級と介護2級とのどちらで認定がなされるかが大きな焦点となります。
また、仕事を続けられる場合にでも、第5級・第7級・第8級・第11級・第13級と、収入の減額をベースとした考え方があり、第7級に認定されたけれども実際には会社を辞めざるを得なくなり収入は0円になった、など、被害者側と加害者側で争われるケースもあります。
6.適正な後遺障害認定を受けるためのポイント
後遺障害の等級認定は、提出された診断書や画像資料をもとに審査される、書面主義が原則です。
つまり、どれだけ症状がつらくても、それを裏付ける資料がなければ適正な等級は認定されません。
ここでは、認定を受けるために押さえておきたいポイントを紹介します。
症状固定まで通院を継続する
痛みが続いているのに自己判断で通院をやめてしまうと、症状は軽かったのだろうと判断され、認定審査で不利になります。
医師が症状固定と診断するまでは治療を中断せず、定期的に通院を続けましょう。
通院の頻度や期間そのものが、症状の重さを示す証拠になります。
これ以上治療を続けても大きな改善が見込めない、と医学的に判断された状態のこと。
症状固定の時点で残っている症状が、後遺障害として認定の対象になる。
症状固定のタイミングは損害賠償額にも影響するため、保険会社ではなく主治医の判断を基準にすることが大切。
MRIなどの画像検査を受けておく
レントゲンだけでは骨の異常しか分からないため、神経や軟部組織の状態を確認できるMRI検査を受けておくことが重要です。
特に腰の神経症状では、画像所見の有無が第12級と第14級の分かれ目になることが多く、等級が変われば賠償額も大きく変わります。
後遺障害診断書の内容を必ず確認する
後遺障害診断書は、認定審査で最も重視される書類です。
自覚症状が正確に記載されているか、検査結果や数値が漏れなく書かれているかを、提出前に必ず確認しましょう。
医師は治療の専門家であっても後遺障害認定の専門家ではないため、記載が不十分なまま提出されてしまうケースも実際にあります。
被害者請求の活用を検討する
後遺障害の申請方法には、加害者側の任意保険会社に手続きを任せる事前認定と、被害者自身が資料を揃えて自賠責保険に申請する被害者請求の2つがあります。
被害者請求は手間がかかる反面、提出する資料の内容を自分でコントロールできるため、適正な等級認定を受けやすい方法だと言われています。
被害者が加害者側の自賠責保険会社に対して、直接保険金を請求する手続きのこと。
診断書や画像資料など、自分に有利な資料を漏れなく提出できるのがメリット。
弁護士に依頼すれば、資料集めから申請まで一括して任せることもできる。
7.後遺障害慰謝料と賠償金を適正に受け取るために
後遺障害認定されるか否かで、後遺障害慰謝料が支払われるかどうかが変わってくるのですが、弁護士を通じて請求する場合には判例基準で請求するため、自賠責基準に比べると大幅に増額します。
自賠責基準だと慰謝料部分は第1級で1100万円、第2級で958万円、第4級で712万円、第9級で245万円、第11級で135万円です。
しかし判例基準ですと第1級で2800万円、第2級で2370万円、第4級で1670万円、第9級で690万円、第11級で420万円なので、差は3倍近くなります。
また、後遺障害が認定されると、慰謝料とは別に逸失利益を請求できます。
逸失利益は等級・年収・年齢によって計算され、働き盛りの方の場合には、慰謝料を大きく上回る金額になることも珍しくありません。
後遺障害によって労働能力が低下したために、将来得られるはずだったのに得られなくなった収入のこと。
基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応する係数、という計算式で算出される。
等級が1つ違うだけで、数百万円から数千万円の差が生じることもある。
弁護士への依頼をためらう理由として費用の心配がありますが、ご自身やご家族の自動車保険に弁護士費用特約が付いていれば、多くの場合300万円まで弁護士費用が保険で賄われます。
特約を使っても保険等級は下がらないのが一般的ですので、まずは保険契約の内容を確認してみることをおすすめします。
腰腹部の後遺障害は、内臓・脊髄・神経症状と種類が多く、等級認定の判断も複雑です。
適正な賠償を受けるためにも、交通事故に詳しい弁護士へ早めに相談することをご検討ください。
