口の後遺障害

1.口の後遺障害とは
交通事故で口に関する障害は、口元をぶつけて唇が腫れた、歯が折れた、あごの骨が折れた、というものが多いのですが、他にも、神経障害から味覚が減衰したり失われたりすることもあります。
また、歯牙やあごの骨の骨折や、声帯が傷ついたなどで、発語に障害が出ることもあります。
衝突事故では、フロントガラスに顔をぶつけて鼻と唇が腫れた、ということがありますが、打撲であれば1か月ほどでほとんどのものが完治するため、打撲で後遺障害となる事はあまりありません。
しかし、ガラス片で口の端から頬まで切って大きく裂けたという場合には、口唇裂傷として、顔の外見を大きく損なう事があります。
美容整形の技術が発達しているものの、完全に傷を無くす手術が難しいケースもあり、女性のみならず男性でも、外貌醜状の後遺障害として認定されることもあります。
このように、口の障害は、食べる・話す・味わう・顔の印象という複数の機能にまたがるため、一つの怪我から何種類もの後遺障害が生じ得る、複合的な部位と言えます。
2.義歯の不具合が発生することがあります
歯は、永久歯が折れた場合、新しく生えることが無いため、治療には差し歯や入れ歯、インプラントなどの義歯が用いられます。
歯科ではよく用いられる治療方法なので、義歯による治療でほぼ完治する、と思われがちですが、そうではありません。
義歯があわず、かみ合わせが悪くなり、
『食事が出来ない』、
『発音がしにくい』、
『差し歯を入れていると他の健康な歯が圧迫されて痛い』、
『口を開ける癖がついてしまった』、
『寝ている時に口を開けるので、イビキとドライマウスの症状が出て、口臭もひどくなった』
といった、副次的な後遺症が出てくることがあります。
また、入れ歯洗浄など日々の手入れに加え、歯茎の衰えや差し歯自体の劣化により、インプラントであっても定期的なメンテナンスや交換が必要となるため、自前の歯に比べて、費用も時間もかかるというわずらわしさがあります。
ここで知っておきたいのは、インプラントや差し歯の費用は、初回の治療費だけでなく、将来の交換・メンテナンスの費用も、損害として加害者側に請求できる場合があるという点です。
義歯には耐用年数があるため、生涯に何回の交換が必要かを計算して将来分を請求する、という考え方です。
示談の際に、今回の治療費しか計上されていないということがないよう、歯科医に将来の治療計画を確認しておきましょう。
3.あごの骨折 ― 輪郭・かみ合わせ・発音への影響
下あごの骨は、骨の中では丈夫な部類ではありますが、交通事故という大きな衝撃を受けての受傷では、骨折だけでなく、粉砕が起きるケースもあります。
下あごの骨は、下の歯を支える歯槽骨ともつながっているため、下あごを骨折してしまうと、顔の輪郭が変わるといったこと以外にも、歯のかみ合わせが悪くなったり、発音しにくくなったりということが起こります。
また、粉砕骨折やそれに近い状態であると、ボルトを入れて骨を固定したり、あごの骨が形成できない場合には、代わりの人工骨を使うということもあります。
あごの骨折後に注意したいのが、開口障害です。
骨折やあごの関節の損傷の影響で、口が指2本分ほどしか開かなくなると、食事に時間がかかる、大きな食べ物が食べられない、歯科治療が受けにくい、といった支障が一生続くことがあり、後遺障害の認定対象にもなります。
口が正常に開かなくなる障害のこと。
あごの骨折や、あごの関節(顎関節)の損傷が原因で起こる。
開口障害などを原因として咀嚼に相当な時間を要する場合、後遺障害第12級の認定対象となる。
4.味覚障害 ― 原因が神経系統にあることも
神経系の口の障害では、味覚障害があります。
味覚は、甘味・酸味・塩味・苦味・うま味の五味から成り立っているのですが、五味すべてを感じないものや、一味だけや複数の味が感じない味覚障害が起こる事があります。
味覚障害の多くは、あごや舌の組織に損傷が起こり引き起こされるものもありますが、神経障害によるものもあります。
普通の人でも、風邪を引いて熱が出た時はご飯を食べても味が全くしない、ということがあると思いますが、この場合、風邪が治ると味覚が回復します。
同じように、神経障害が原因の味覚障害は、交通事故直後は味覚を感じなくても、日が経つにつれ味覚が回復することがよくあります。
そのため、交通事故による味覚障害の後遺障害の認定には、甘味・酸味・塩味・苦味の基本4味質が感じられるかどうかのほかに、受傷から半年たっても味覚が回復していないか、ということも問われます。
味覚の検査は、濾過ディスク法といって、味のついた液体をしみこませたろ紙を舌に置き、どの濃度で味を感じ取れるかを調べる方法で行われます。
この検査ができるのは、耳鼻咽喉科の中でも味覚外来など専門の設備がある医療機関に限られるため、味覚の異常を感じたら、主治医に相談して検査可能な病院を紹介してもらいましょう。
また、味覚は嗅覚とも密接に関係しており、実は風味の多くは鼻から感じているため、味がしないという症状の原因が、味覚ではなく嗅覚の障害だったというケースもあります。
検査の際には、味覚と嗅覚の両方を調べてもらうと確実です。
味覚障害の程度を調べる標準的な検査方法。
甘味・塩味・酸味・苦味の液体を数段階の濃度に分けてろ紙にしみこませ、舌の決まった場所に置いて、どの濃度で味を認知できるかを測定する。
最高濃度でも4味質すべてが分からなければ味覚脱失(第12級)、1味以上が分からなければ味覚減退(第14級)と判定される。
5.発語の障害 ― 精神的なダメージも大きい
発語というのは、息により声帯を震わせて、唇と口の形とその動きで音を作り出すため、口唇裂傷や歯牙の欠損、舌の麻痺、あごの動きが悪いといった障害があると、正しい発音が出来ず、最悪の場合、発語すら出来ないということもあります。
『話すことができない』、
『発音がうまくいかない』、
『話し方がおかしい』
と思い悩み、話すことだけでなく人とのかかわりを避けたり、うつ状態になったりするケースもあり、身体的な後遺症以上に、精神的なダメージを抱えることがあります。
発語の障害には、言語聴覚士によるリハビリが有効なことも多いため、あきらめずに専門家の訓練を受けることが、機能の回復にも心の回復にもつながります。
6.日常生活への影響 ― 口は一手に多くの役割を担う
口は、体の中でもたくさんの役割を一手に担っています。
1つ目は、話をする。
2つ目は、口の中に入れた物の味を知覚する。
3つ目は、口に含んだ食物を細かく噛み砕いて、消化しやすくする。
4つ目は、呼吸する。
5つ目は、口で呼吸するにあたり、体内に入ろうとする細菌やウイルスを殺す。
6つ目は、口の形で感情を表現する。
7つ目は、顔の見た目に関して、大きな割合を占めている。
などなど、細かくあげていけば、書ききれないほどの役割があります。
そのため、交通事故で口に障害を負うと、健常者であった交通事故以前の状態と比べることが多く、違和感をおぼえやすい器官とも言えます。
『唇が裂けた』、『歯が折れた』、『舌が麻痺している』、『あごを骨折して動かしづらい』などが原因で、話をする・言葉を発することがしづらくなることがあります。
家族との、おはよう、といったあいさつですら満足にできなくなると、かなりのストレスになりますし、人によっては、話せない事でうつ病を発症することもあります。
話さない、と、話せない、では大きな違いがあるため、普段無口な人でも、ストレスが溜まる事があります。
7.味覚障害は、他人に理解されにくい
他人に分かってもらいにくい口の障害に、味覚障害があります。
味覚の一部または全部を感じなくなったり、感じ方が非常に鈍くなったりしてしまう事なのですが、料理人やパティシエ・ソムリエなど、飲食のエキスパートが味覚障害になると、職業的に致命傷になります。
一般の人でも、毎日の食事が何を食べても味がせず、ほっと一息つくためのお茶ですら水と同じように味を感じないとしたら、どれだけ食事が味気なくなるか、想像がつくと思います。
そのため、食欲不振となり、拒食症に陥る人もいます。
味覚障害となったのが主婦であれば、味見ができないため家族の食事を作るのが困難となるケースもあり、家族を巻き込んで問題となる事もあります。
また、味覚障害は、腐った物の味に気づけないという、食の安全に関わる問題もはらんでいます。
見た目や外傷と違って周囲の目に見えないため、大げさだと誤解されやすい障害だからこそ、検査結果という客観的な記録を残しておくことが重要になります。
8.歯の「かみ合わせ」に問題が発生するケースがある
歯が折れて差し歯や入れ歯になったり、あごを骨折した場合、かみ合わせがあわなくなることがあります。
かみ合わせが正しくないと、発音がうまくいかず話しづらくなったり、食べ物をうまく噛めなくなったりします。
他にも、かみ合わせは、歯を食いしばる、という言葉もある通り、正しいかみ合わせでないと体にうまく力が入らないため、一流のスポーツ選手の中には、かみ合わせを合わせるために歯科矯正をする人もいるほどです。
歯が折れてかみ合わせがあわないのならば、きちんと入れ歯かインプラントをすれば解決するのでは、と思うかもしれません。
しかし、人によってはあごの骨の状態などからインプラントが出来ない人や、口に異物が入ると強い吐き気を覚えるため、入れ歯が出来ない体質の人もいます。
そのような方は、歯が欠けたままでの生活を余儀なくされるため、かみ合わせの不調やそれに伴う不便が、生涯続くことになります。
また、口は顔の印象を決める大きな器官であるため、女性ならば口紅をしたり、口角のリフトアップのマッサージをしたりと、重点的にケアしている方もいると思います。
交通事故で口の端から頬にかけて大きな傷を負ったり、歯やあごを骨折して顔の輪郭が変わったり、口の形が変わったりした場合、顔の見た目が大きく損なわれるため、女性のみならず男性も、外見に対して非常にコンプレックスを抱くことがあります。
傷の形成手術やインプラントなどの審美歯科もありますが、それらの治療だけではカバーできないこともあります。
患者からすれば、鏡が見られないくらい自分の顔が嫌いになったり、顔だけでなく自分自身が嫌いになるといったことがあります。
顔に大きな傷があったり変形があったりした場合、接客がメインの仕事であれば、仕事を続けることが難しくなります。
サラリーマンでも、通勤中に、自分の顔が変でみんな内心笑っているんじゃないか、と周りの目が気になって、出勤できなくなるといったケースもあります。
9.口に関する後遺障害認定について
口は1つで多くの役割を担っているため、交通事故での口の後遺障害の種類は数多くあり、重篤なものから比較的軽微なものまで、幅広くあります。
交通事故で口に関する後遺障害が残った場合、障害の種類が幅広くあるため、後遺障害認定も、第1級から第14級までかなりの幅があります。
第1級(自賠責保険金額3000万円)
・咀嚼及び言語の機能を廃したもの
第3級(自賠責保険金額2219万円)
・咀嚼又は言語の機能を廃したもの
第4級(自賠責保険金額1889万円)
・咀嚼及び言語の機能に著しい障害を残すもの
第6級(自賠責保険金額1296万円)
・咀嚼または言語の機能に著しい障害を残すもの
第9級(自賠責保険金額616万円)
・咀嚼及び言語の機能に障害を残すもの
第10級(自賠責保険金額461万円)
・咀嚼又は言語の機能に障害を残すもの
・14歯以上に対し歯科補てつを加えたもの
第11級(自賠責保険金額331万円)
・10歯以上に対し歯科補てつを加えたもの
第12級(自賠責保険金額224万円)
・開口障害等を原因として咀嚼に相当時間を要するもの
・7歯以上に対し歯科補てつを加えたもの
・味覚脱失(濾過ディスク法における最高濃度液による検査により、基本4味質すべてが認知できないもの)
・声帯麻痺による著しいかすれ声
第13級(自賠責保険金額139万円)
・5歯以上に対し歯科補てつを加えたもの
第14級(自賠責保険金額75万円)
・3歯以上に対し歯科補てつを加えたもの
・味覚減退(濾過ディスク法における最高濃度液による検査により、基本4味質のうち1味以上が認知できないもの)
一覧には含まれませんが、顔など目立つ場所に醜い傷などを残す外貌醜状は、場所や大きさにより、第7級・第9級・第12級になります。
実務上の判定基準を補足すると、咀嚼機能の障害は、どんな食事が摂れるかで判定され、流動食しか摂れないならば機能を廃したもの、お粥など柔らかい物しか食べられないならば著しい障害、固形物の種類に制限があるならば障害、という目安になります。
言語機能の障害は、発音できる音の種類で判定され、口唇音・歯舌音・口蓋音・喉頭音の4種類のうち、3種類以上が発音できなければ機能を廃したもの、2種類ならば著しい障害、1種類ならば障害、とされています。
また、歯科補てつの歯数は、交通事故で失ったり大きく欠けたりした歯に対して治療を加えた本数で数えるため、治療の記録と事故前の歯の状態が分かる資料が重要になります。
失った歯や大きく欠けた歯を、差し歯・ブリッジ・入れ歯・インプラントなどの人工物で補う治療のこと。
後遺障害では、事故により喪失または著しく欠損した歯に補てつを加えた本数によって、3歯以上で第14級から、14歯以上で第10級まで等級が定められている。
10.口の障害によって「将来の収入が減少するか?」が争われる
口の障害認定において、加害者側との争点は、後遺障害認定もさることながら、逸失利益の点で争われることも多いです。
逸失利益では、交通事故で負った後遺障害が、将来的にどれだけ収入に影響を及ぼすかという点が問題となります。
例えば、同じように口から下の骨が粉砕して、味覚障害が発症し会話も出来ず、以前の容貌とは大きく変わった人が2名いたとします。
片方は、お客と対面しながら料理を作る料理人の女性で、もう片方は、工場で一人で物を作る専門職の男性だったとします。
料理人の女性の方は、味覚に障害が出たことで料理を作ることが困難となり、以前は接客していたのに会話もできない上に、怪我で見た目も変わってしまい、以前の職を続けることは困難だと考えられます。
しかし、男性の方は、一人で黙々と物を作るため人との関わり合いが薄く、味覚障害が直接仕事に影響を及ぼすこともなく、意思の疎通なども筆談などで十分figれるのであれば、逸失利益は発生しないとされる可能性が非常に高いです。
このように、同じ後遺障害を負った被害者であっても、交通事故当時就業していた状態や、学生等であれば将来的に就業したであろう職種によって、大きく逸失利益の判断が変わります。
そのため、逸失利益に関しては、全額が認められるものもありますが、減額されて認められたり、逸失利益自体が認められないといった判例もあります。
逸失利益を認めない判例でも、情状を斟酌して、後遺障害慰謝料の増額がなされるケースもありますが、確率的には低いと言えます。
だからこそ、口の障害が自分の仕事にどう影響しているのかを、具体的な業務内容とともに整理して主張できるかが、賠償額を左右します。
後遺障害認定されるか否かで、後遺障害慰謝料が支払われるかどうかが変わってくるのですが、弁護士を通じて請求する場合には判例基準で請求するため、自賠責基準に比べると大幅に増額します。
自賠責基準だと、慰謝料部分は第1級で1100万円、第2級で958万円、第4級で712万円、第9級で245万円、第11級で135万円ですが、判例基準ですと、第1級で2800万円、第2級で2370万円、第4級で1670万円、第9級で690万円、第11級で420万円なので、差は3倍近くなります。
自動車保険に弁護士費用特約が付いていれば、多くの場合自己負担なしで弁護士に依頼できます。
食べる・話す・笑うという毎日の営みを支える口の障害は、金額に表れにくい苦しみを伴います。
検査と記録を積み重ねて、正当な補償をきちんと受け取りましょう。
