鼻の後遺障害について

角膜に傷がつくケース 眼に関する日常生活への影響

1.鼻の後遺障害とは ― なぜ交通事故で鼻を受傷しやすいのか

人は交通事故といった突発的な危険にさらされると、頭部や顔面を守るために、とっさに手や腕で頭や顔を覆います。
しかし、交通事故は自動車という高速で移動する物が衝突してくるため、防御態勢を取ることなく衝突してしまう事が多いです。
そのため、自動車の運転手や同乗者がシートベルトをしておらず、フロントガラスに顔面をぶつけて鼻を骨折することがあります。
また、ハーフヘルメット着用のバイク運転手が地面に投げ出されて顔面をアスファルトでこすってしまい、鼻がもげて壊死してしまうといった事例もあります。
鼻の障害で一番重いものは、欠損、つまり切断や壊死などで鼻が無くなることです。
鼻は顔面を横から見た際に飛び出ているため、顔面にダメージがあった際に、真っ先に鼻が損傷することが多いです。
しかし、鼻は柔らかな筋肉と鼻骨で構成されているため、鼻骨の骨折はあっても、鼻本体が欠損してしまうのは比較的少ないと言えます。
それでも、交通事故時に金属片が鼻にあたったり、激しい衝突で鼻がつぶされたり、車両の火災に巻き込まれて鼻が重篤な火傷を負い治療できなかったといったことで、鼻に重大なダメージを負うことがあります。
なお、鼻骨骨折は顔面の骨折の中でも特に多いもので、骨折自体は整復手術で治ることが多いのですが、治療後も変形や鼻づまり、嗅覚の異常が残った場合に、後遺障害の問題となってきます。
鼻が欠損した場合、再建手術やエピテーゼといった医療用人工物で補うことが多いのですが、鼻本来の機能を回復することはできません。

【用語解説】エピテーゼ
事故や病気で失われた体の一部を、シリコーンなどで本物そっくりに再現する医療用の人工装具のこと。
鼻・耳・指などに用いられ、見た目を補うことはできるが、嗅覚や呼吸フィルターといった本来の機能までは回復できない。

2.鼻の欠損により、さまざまな症状が発生する

鼻には、鼻毛や中の粘膜でホコリや花粉・ウイルスなどをキャッチして排出し、体の中に入らないようにするシステムがあります。
鼻が欠損してしまうと、このシステムが働かない、もしくは働いても弱くなるため、花粉症がきつくなる、風邪をひきやすくなるといったことが起こります。
また、鼻は体温と外気温に差がある際のワンクッションを担っており、吸い込んだ空気を温め、加湿してから体内に送り込む、天然の空調装置のような役割を果たしています。
再建手術が出来ず、エピテーゼも体質に合わずしていない場合には、乾燥した空気や冷たい空気をダイレクトに体内に入れてしまうため、不快感を生じるだけでなく、呼吸に問題が出ることもあります。
また、鼻は顔の中で目立つ部分であるため、鼻が無い事で醜貌(みにくい容貌)であると患者が感じやすく、うつや対人恐怖症などを併発することがあります。
他に鼻にかかる障害には、嗅覚の減退・喪失があります。
臭いを感じるメカニズムは、鼻の奥にある嗅上皮の嗅細胞が臭いの成分に反応して脳に信号を送り、臭いを認識するというものです。
嗅覚は五感の中では原始的な本能であり、
『この食べ物は腐った臭いがするから食べたらダメだ』、
『硫黄臭がするのがこれ以上進むと危険』
と、生命維持にかかわるものなので、俊敏に判断するために嗅上皮は脳とダイレクトにつながっています。
そのため、臭いを感じない、というのは大きなストレスで、特に食事においては、味覚はあっても嗅覚が無い場合風味が感じられないため、食欲不振になる可能性があります。
嗅覚障害は、直接的な嗅上皮や嗅細胞の損壊だけでなく、嗅細胞と脳をつなぐ神経の断裂や異常、また嗅覚の信号を受け取る脳に障害があることで発症することがあります。
麻痺やろれつが回らなくなるなどの症状が出ずに、嗅覚障害がでたので詳しく検査したところ、脳内出血の箇所が発見されたという事例もあります。
つまり嗅覚の異常は、脳の損傷を知らせる警報になることもあるため、交通事故後に臭いの感じ方がおかしいと気づいたら、放置せずに検査を受けることが重要です。
また、鼻を欠損していなくても、骨折や再建手術などで鼻全体や鼻腔が変形または狭窄したため、鼻呼吸が困難という後遺症もあります。
その場合、口呼吸を余儀なくされてしまうため、ドライマウスや口臭の発生、風邪などの感染症のリスクの増大などが懸念されます。

3.嗅覚障害の検査方法

嗅覚の検査に関しては、大きく分けて二つの方法があります。
一つは、静脈にアリナミンを注射して、注射からアリナミン独自の匂いを感じるまでの時間と、感じなくなるまでの時間を測る静脈性嗅覚検査です。
もう一つは、5種類の基準となる臭いを8段階の強さに分けて嗅ぎ分ける、T&Tオルファクトメータによる基準嗅覚検査です。
後遺障害認定では、このT&Tオルファクトメータの検査結果の数値が等級を直接左右するため、非常に重要な検査になります。
注意したいのは、これらの嗅覚検査はどこの病院でもできるわけではなく、耳鼻咽喉科の中でも設備のある医療機関に限られるという点です。
交通事故で外科や形成外科にかかっている場合には、担当医に相談して、嗅覚検査ができる耳鼻咽喉科を紹介してもらいましょう。
検査を受けないまま症状固定を迎えてしまうと、嗅覚障害を客観的に証明する資料がないまま後遺障害の申請をすることになり、認定を受けられない恐れがあります。

【用語解説】T&Tオルファクトメータ
日本で標準的に用いられている嗅覚検査の器具。
花の香り・焦げた臭いなど性質の異なる5種類の基準臭を、濃度を変えながら嗅ぎ、どの濃さで臭いを感じ取れるかを測定する。
検査結果は平均嗅力損失値という数値で表され、5.6以上ならば嗅覚脱失、2.6以上5.5以下ならば嗅覚の減退と判定される。

4.日常生活への影響① 外貌の醜状

鼻の障害で起こりうる日常の支障は、大きく分けて3つあります。
1つ目は、欠損や変形による外貌の醜状です。
鼻は顔の中でも目立つ部位にあるため、交通事故でなくても美容整形での手術が盛んであるほど、顔の雰囲気を印象付ける大事な部位です。
そのため、交通事故で変形をしたり、さらに欠損したりした場合には、患者が自分の顔を受け入れられなかったり、外出した際に周囲の人間から心無い言葉を掛けられて傷ついたりすることがあります。
人によっては家に引きこもるだけでなく、家族とも顔を合わすことを避けて自室に引きこもるといったことが起こり、うつや対人恐怖症・無気力症といった精神疾患の引き金にもなります。
外見の変化による心の傷は、本人の気の持ちようで解決できるものではありません。
形成外科での治療と並行して、心療内科や精神科によるメンタル面のケア、同じ悩みを持つ人の患者会などのサポートを利用することも、回復への大切な一歩になります。
また、後遺障害の面から見ると、鼻の変形や欠損は、機能の障害としてだけでなく、外貌の醜状障害として認定される可能性があります。
治療の経過を写真で記録しておくと、醜状の程度を証明する資料になるため、受傷時からの写真は残しておきましょう。

5.日常生活への影響② 嗅覚の喪失は、被害者にとってツライ障害

2つ目は、嗅覚の減衰・喪失です。
臭いを感じる部分の嗅上皮や嗅細胞が外傷により働かなくなったり、神経伝達の神経に障害が起こったり、嗅覚をつかさどる脳の部分の腫瘍や出血などが原因で、臭いを理解できなくなったりということがあります。
臭いが分からない、鼻が利かない、というのは、眼が見えない・耳が聞こえないといった症状からすると軽く見られがちですが、実際にはそうではありません。
料理人やパティシエといった職業の場合、香りによる食材や調理の状態の把握が欠かせないため、嗅覚は不可欠と言えます。
また、薬品や有機物を使用している職場では、それらの匂いを感じないと、有毒成分が流出した際に気づくことができず命の危険性もあるため、配属替えや転職を余儀なくされるケースもあります。
仕事だけでなく、家庭生活の中にも危険は潜んでいます。
ガス漏れの臭いに気づけない、鍋の焦げ付きに気づくのが遅れる、食品の腐敗を嗅ぎ分けられずに食中毒を起こす、といったリスクが日常的につきまとうことになります。
嗅覚を失った場合には、ガス警報器や火災警報器を設置する、食品の消費期限を厳格に管理するなど、嗅覚の代わりとなる安全対策を生活に組み込むことが大切です。
なにより、嗅覚が無い状態で食事をした場合、食事の楽しみが半分以下になります。
風邪などで鼻が詰まった状態で食事をされた経験のある方ならば、分かると思われます。
私たちが味と思っているものの多くは、実は舌で感じる味覚と、鼻に抜ける香りが合わさった風味だからです。
例えば、健康状態でメロンを食べれば、メロンを食べている、と理解できます。
しかし、鼻が利かない状態であれば味覚と触感だけになるため、甘い果物っぽいもの、というのは分かりますが、メロンなのかモモなのかマンゴーなのか、区別がつかないということが起こります。
それが風邪などの一時的なものならば我慢できるかもしれませんが、後遺障害として一生香りが感じられない場合には、何を食べても同じ、と食生活が乱れたり、食べること自体に興味がなくなり、食欲減退や拒食症の要因にもなります。

6.日常生活への影響③ 「鼻呼吸が困難になる」という症状は影響が大きい

3つ目が、鼻の変形や鼻腔狭窄により、鼻呼吸が困難となる事です。
呼吸には鼻呼吸・口呼吸・皮膚呼吸の3つがありますが、呼吸の多くを担っているのが鼻呼吸です。
近年では睡眠時の口呼吸が問題となっていますが、覚醒時の口呼吸にも様々なデメリットがあるため、医師も鼻呼吸を推奨しています。
鼻呼吸の場合、鼻毛や粘膜がフィルターとなって、ほこりやウィルスをろ過しています。
しかし、口呼吸の場合はダイレクトにほこりやウィルスが肺を直撃してしまうため、普段から免疫細胞が働いてしまい疲労しやすく、風邪などを引きやすくなります。
また、口呼吸をすると、口の中が乾燥するドライマウスになります。
ドライマウスになると唾液が減るため、口内のバイキンや汚れが唾液によって洗い流されづらくなり、口臭や歯周病・虫歯になりやすく、また悪化しやすくなります。
ほかにも、乾いた外気が直接気管に入るので、のどや肺を痛めやすく風邪をひきやすくなり、アレルギー体質になりやすくなります。
特に高齢者の場合は痰が絡みやすいのですが、痰には、気管についた細菌やウィルスを白血球などが倒した死骸も含まれます。
つまり、口呼吸すればするほど気管は外気に触れやすくなるため、細菌やウイルスが増えて痰が絡まりやすくなります。
そして、呼吸がしづらいため浅い口呼吸をしてしまい、さらに気管に痰が絡まりやすくなる、負のスパイラルとなる事があります。
さらに、鼻呼吸の困難は睡眠の質にも直結します。
睡眠中の口呼吸はいびきや睡眠時無呼吸を招きやすく、熟睡できないことによる日中の眠気や集中力低下が、仕事や運転に影響することもあるのです。

7.鼻に関する後遺障害認定について

交通事故での鼻に関する後遺障害は、他の部位から比べると、等級の差が第9級から第14級で収まる事が多いです。

第9級(自賠責保険金額616万円)
・鼻を欠損し、その機能に著しい障害を残すもの

第12級(自賠責保険金額224万円)
・T&Tオルファクトメータによる基準嗅覚検査の認定域値の平均嗅力損失値が5.6以上の場合(嗅覚脱失)
・鼻の欠損を伴わない場合であっても、鼻呼吸困難な障害を残す場合(鼻呼吸困難)

第14級(自賠責保険金額75万円)
・T&Tオルファクトメータによる基準嗅覚検査の認定域値の平均嗅力損失値が2.6以上5.5以下の場合(嗅覚の減退)

補足すると、第9級の、鼻を欠損しその機能に著しい障害を残すもの、とは、鼻軟骨部の全部または大部分を欠損し、鼻呼吸困難もしくは嗅覚脱失があるものを指します。
このように見ると、鼻の後遺障害認定は、他の身体の箇所に比べて後遺障害等級が低めになる傾向があります。
鼻の後遺障害は、命の危険に直結したり、日常生活を送るのに多大な支障があるとは言い難いという面があるため、このような後遺障害等級になります。
ただし、ここで見落としてはいけないのが、外貌の醜状障害としての認定です。
鼻の欠損や変形が顔面の醜状として評価される場合、外貌に著しい醜状を残すものとして第7級、相当程度の醜状ならば第9級、単なる醜状ならば第12級が認定される可能性があります。
鼻の障害は、機能障害としての等級と醜状障害としての等級の両面から検討され、いずれか上位の等級で認定されるため、機能面だけで申請して等級を取りこぼさないよう注意が必要です。

【用語解説】外貌醜状(がいぼうしゅうじょう)
頭部・顔面・首など、日常的に人目に触れる部分に残った傷跡や変形のこと。
傷跡の大きさや目立ちやすさにより、著しい醜状(第7級)、相当程度の醜状(第9級)、単なる醜状(第12級)に区分される。
かつては男女で等級に差があったが、裁判で違憲と判断されたことを受けて基準が改められ、現在は男女同一の基準で認定される。

8.鼻の後遺障害によって「収入が実際に減少したか?」と争われることが多い

交通事故による鼻の後遺障害に係る紛争では、後遺障害等級以上に、労働能力喪失率が重要視されることがあります。
後遺障害等級により、逸失利益を計算する上の労働能力喪失率が算出されます。
労働能力喪失率は、第9級で35%、第12級で14%、第14級で5%です。
つまり、重篤な障害であるほど労働能力がなくなり給料が下がるという不具合が生じるため、その補填をするのに、逸失利益という形で加害者側に請求します。
後遺障害等級が認定されれば、ただちに労働能力喪失率が適用された逸失利益が加害者側から弁済されるかというと、そうではありません。
逸失利益とは、交通事故による後遺症で、将来的な収入の減額を補てんする物です。
裏を返して言うと、交通事故による後遺障害が残っても、収入の減少が認められない場合には、逸失利益は認められないことになります。
例えば、普通のサラリーマンが嗅覚脱失になって、臭いが感じられなくなっても、仕事に支障はありません。
しかし、料理人やパティシエといった、食材の香りや調理中の香り、仕上がった料理やスイーツの香りの調和など、香りによって品質を判定している職業もあります。
また、化学薬品を扱う工場に勤務しており、薬品臭を嗅ぎ分けなければ事故が起こるといった場合もあります。
このような場合、嗅覚脱失は、仕事をするのに致命的な障害になります。
そのため、判例でも、嗅覚脱失により仕事に支障が出ると判断された場合には、後遺障害等級による労働能力喪失率が適用された逸失利益が認められることが多いです。
さらに、先述のような料理人などで多大な支障が出る、もしくは仕事が遂行できないと認められた場合には、後遺障害等級はそのままで、労働能力喪失率を引き上げて適用された判例もあります。
また、就業前の学生であっても、大学生と調理師専門学校に通う学生とでは、将来就職する職業が、専門学校生の方がより専門的な分野に限定される可能性が高くなります。
そのため、労働能力喪失率を引き上げて適用されたり、後遺障害等級通りの労働能力喪失率であっても、別途慰謝料の増額という形で補償された判例もあります。
鼻に関する障害、特に嗅覚脱失に対する労働能力喪失率に関しては、被害者の職業や将来性が重要視されるため、ケースバイケースとも言えます。
そのため、加害者側から、逸失利益が無い、もしくは後遺障害等級による労働能力喪失率よりも低い、と主張された場合でも、即座に不当とは言い難いです。
反対に、被害者側から、後遺障害等級による労働能力喪失率よりも高い割合の逸失利益の請求があった場合も、直ちに高すぎるとも言えないケースもあります。
だからこそ、交通事故に精通した弁護士に相談をして、示談が不調に終わった場合には、裁判所の判断を仰ぐのが現実的と言えます。

【用語解説】逸失利益
後遺障害がなければ将来得られたはずの収入のこと。
基本的な計算式は、基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数、となる。
同じ等級でも、職業・年齢・収入によって金額が大きく変わるため、後遺障害慰謝料と並んで示談交渉の大きな争点になる。

9.鼻の後遺障害で適正な補償を受けるためのポイント

最後に、鼻の後遺障害で適正な補償を受けるためのポイントを整理します。
第一に、交通事故後に臭いの感じ方の異常や鼻づまりに気づいたら、早めに耳鼻咽喉科を受診し、症状を診断書に残してもらうことです。
嗅覚障害は外から見えないため、訴えが遅れるほど交通事故との因果関係を疑われやすくなります。
第二に、症状固定の前に、T&Tオルファクトメータによる基準嗅覚検査など、等級認定の根拠となる検査を必ず受けておくことです。
第三に、鼻の変形や傷跡が残った場合には、機能障害だけでなく外貌醜状としての認定も視野に入れ、受傷時からの写真を記録しておくことです。
第四に、嗅覚や鼻呼吸の障害が仕事に与える影響を、具体的な業務内容とともに整理しておくことです。
料理人・調理師・薬品を扱う職業などの場合、逸失利益が大きく変わる可能性があります。
そして、鼻の後遺障害は等級こそ低めに収まる傾向がありますが、逸失利益や慰謝料の増額の余地が職業や事情によって大きく変わる、専門性の高い分野です。
弁護士を通じて判例基準で請求すれば、自賠責基準に比べて賠償額が大幅に増額することも多いため、示談書に判を押す前に、交通事故に精通した弁護士へ相談することをお勧めします。
鼻の障害は、見た目・嗅覚・呼吸という生活の質に直結する三重の苦しみを伴います。
軽く見られがちな障害だからこそ、正しい知識で、受けるべき補償をきちんと受け取りましょう。