事故発生直後の初期対応について
事故に遭った直後の数分から数日。
ここでの動き方が、半年後・一年後のあなたの立場を、静かに決めてしまいます。
この記事では、事故直後にやるべきことを、ただ並べるのではありません。
「なぜ、それをやらないといけないのか」を、ひとつずつ説明します。
具体的には、次のことが分かります。
警察を必ず呼ぶべき理由。
痛くなくても病院へ行くべき理由。
そして、なぜ「事故から2週間」という期限が、あなたの賠償額を左右するのか。
被害者・加害者・保険会社・裁判所。
それぞれの立場から同じ場面を見ると、なぜそうなるのかが見えてきます。
- 事故直後の対応は「手続き」ではなく「証拠集め」です
- まず、命と安全を守る。すべてはそのあとです
- 警察を呼ぶ。「小さい事故だから」は通用しません
- その場の口約束は、絶対に交わさない
- 加害者の情報は「あとで連絡が取れる前提」で集める
- 証拠は「自分で」残す。誰も代わりに残してくれません
- 自分の保険会社にも連絡する。弁護士費用特約を見落とさない
- 事故から数日たって痛みがあれば病院へ。ここが最大の分かれ道です
- なぜ「事故から2週間」が、これほど重要なのか
- 整形外科へ行く。整骨院だけでは足りない理由
- 物損事故のままにしない。人身事故へ切り替える
- 発行された交通事故証明書の中身を、必ず確認してください。
- 長い目で見る。「今日の対応」が、後遺障害の認定につながる
- 弁護士に頼んだ場合と、頼まなかった場合
事故直後の対応は「手続き」ではなく「証拠集め」です
多くの方は、事故直後の対応を「やらなければいけない事務手続き」だと考えます。
警察を呼ぶ。
相手の連絡先を聞く。
保険会社に電話する。
たしかに、それも正しいです。
ですが、本質はもう少し別のところにあります。
事故直後にやるべきことの多くは、「あとで起きる争い」に備えるための、証拠集めです。
賠償をめぐる話し合い(示談交渉といいます)は、事故の何か月もあとに本格化します。
ときには、裁判にまで進みます。
そのとき、ものを言うのは「記憶」ではなく「記録」です。
そして大事なことを、先にお伝えします。
「この事故で、これだけのケガをして、これだけ損をした」と証明する責任は、被害者の側にあります。
これを立証責任(りっしょうせきにん)と呼びます。
加害者が「悪くない」と証明する仕組みではありません。
被害者が「自分は被害を受けた」と証明する仕組みなのです。
だからこそ、事故直後の数日が効いてきます。
ここで残した記録が、半年後のあなたを助けます。
ここで残せなかった記録は、二度と取り戻せません。
まず、命と安全を守る。すべてはそのあとです
最優先は、人の命です。
車が動かせるなら、安全な場所へ寄せます。
ハザードランプをつけます。
三角表示板を置いて、後続車に危険を知らせます。
これは、別の車が突っ込んでくる「二次被害」を防ぐためです。
高速道路では、これを怠ると命にかかわります。
ケガ人がいれば、すぐに119番です。
「相手が大丈夫と言っている」は、あてになりません。
痛みは、あとからやってくることが多いからです。
賠償の話は、安全を確保したあとで十分間に合います。
順番を間違えないでください。
警察を呼ぶ。「小さい事故だから」は通用しません
ここが、最初の大きな分かれ道です。
軽い接触。
バンパーが少し傷ついただけ。
そんなときでも、必ず警察に連絡してください。
理由は、はっきりしています。
第一に、これは法律上の義務です。
道路交通法という法律の第72条で、事故を起こした当事者には、警察へ報告する義務が定められています。
報告しないと、それ自体が違反になります。
第二に、警察を呼ばないと「交通事故証明書」が発行されません。
これは、「いつ・どこで・誰と誰の間で事故が起きたか」を公的に証明する書類です。
保険会社に賠償を請求するとき、ほぼ必ず求められます。
この証明書がないと、こう言われかねません。
「その事故が本当にあったのか、確認できません」と。
その場の口約束は、絶対に交わさない
事故の直後、加害者がこう言うことがあります。
「警察を呼ぶと面倒だから、お金で解決しませんか」
「あとで必ず連絡します。今日はこのまま帰らせてください」
応じてはいけません。
なぜ加害者がそう言うのか、立場を変えて考えてみます。
加害者にとって、警察沙汰になることは、行政処分(免許の点数)や保険料の上昇につながります。
だから、できればその場で穏便に済ませたいのです。
それは、加害者にとって都合のよい解決です。
あなたにとっては、証拠を捨てる行為になりかねません。
その場では分からなかったケガが、翌日に出ることはよくあります。
口約束のあとで「やっぱり首が痛い」と気づいても、もう事故の記録は残っていません。
落ち着いて、こう伝えれば十分です。
「決まりなので、警察を呼びますね」
加害者の情報は「あとで連絡が取れる前提」で集める
その場では誠実に見えた相手が、あとで連絡を絶つ。
残念ですが、珍しくありません。
ですから、確実に控えます。
運転免許証を見せてもらい、氏名・住所・携帯番号をメモします。
加害車両のナンバープレートは、必ず写真に撮ります。
そして、保険の情報です。
相手が入っている自賠責保険(じばいせきほけん)と、任意保険(にんいほけん)の会社名を聞いておきます。
この2つは、別物です。
自賠責保険は、すべての車が必ず入る、国の最低限の保険です。
任意保険は、自賠責では足りない部分を補う、各自が選んで入る保険です。
賠償の話し合いを実際に行う相手は、ふつう、加害者本人ではありません。
加害者が入っている任意保険の会社です。
だから、保険会社名の確認が効いてきます。
証拠は「自分で」残す。誰も代わりに残してくれません
ここで、現場でよく起きる落とし穴をお話しします。
事故現場の写真は、自分のスマートフォンで、いろんな角度から撮ってください。
お互いの車の位置。
ブレーキの跡。
壊れた箇所。
落ちている部品。
なぜ「自分で」なのか。
理由があります。
警察は、人身事故の場合、現場の状況を調べて「実況見分調書(じっきょうけんぶんちょうしょ)」という書類を作ります。
事故の状況を記録した、公式の書類です。
ところが、ここに盲点があります。
あなたが大ケガをして救急車で運ばれてしまうと、その場にいるのは加害者だけになります。
すると、調書は加害者の説明をもとに作られがちです。
あとで「あの説明はおかしい」と思っても、現場はもう片づいています。
だからこそ、運ばれる前に、一瞬でもいいので自分の目で見た現場を残しておく価値があるのです。
ドライブレコーダーの映像も、命綱になります。
ただし、放っておくと古い映像から上書きされて消えてしまいます。
SDカードを抜くなどして、必ず保存してください。
目撃者がいたら、ひと言お願いして連絡先を聞いておきます。
第三者の証言は、当事者同士の言い分が食い違ったとき、流れを決めることがあります。
自分の保険会社にも連絡する。弁護士費用特約を見落とさない
被害者だから、自分の保険は関係ない。
そう思い込んでいる方が、とても多いです。
これは、もったいない誤解です。
あなた自身が入っている自動車保険にも、すぐ連絡してください。
使える補償が、いくつも隠れていることがあります。
たとえば、人身傷害保険(じんしんしょうがいほけん)。
相手との話し合いが終わる前でも、自分の保険から治療費などを受け取れる仕組みです。
たとえば、弁護士費用特約(べんごしひようとくやく)。
弁護士に依頼したときの費用を、自分の保険でまかなえる特約です。
多くの場合、300万円ほどまでの費用がカバーされます。
この特約があれば、自己負担ほぼゼロで弁護士に頼めることが多いです。
「自分が入っているかどうか分からない」という方は、その場で保険会社に確認してください。
意外と、付いている人は少なくありません。
事故から数日たって痛みがあれば病院へ。ここが最大の分かれ道です
ここからが、この記事でいちばんお伝えしたいことです。
事故の直後は、興奮して、痛みを感じにくくなります。
体が緊張して、痛みを抑える物質が出るからです。
「大丈夫です」と言って、その場を立ち去る人がいます。
ですが、ケガの痛みは、数時間後や翌日に出てくることがよくあります。
特に、むち打ち(医学的には頸椎捻挫などと呼びます)は、遅れて症状が出る代表例です。
少しでも違和感や痛みがあれば、必ず翌日には病院へ行ってください。
なぜ「事故から2週間」が、これほど重要なのか
ここで、期限の話をします。
弁護士として、特に強く意識してほしい数字です。
目安は「1週間以内」。
そして、絶対に超えてほしくない線が「2週間」です。
なぜか。
それは、因果関係(いんがかんけい)の問題だからです。
因果関係とは、「その事故が原因で、このケガになった」というつながりのことです。
賠償を受けるには、このつながりを示す必要があります。
事故から受診まで時間が空くと、保険会社はこう考えます。
「2週間も病院に行かなかったのなら、そのケガは事故とは別の原因では?」
「事故のあと、家の中で痛めたのかもしれない」
そして、裁判所も似た見方をすることが多いのです。
事故から2週間以上たって初めて病院に行った場合、「これは事故によるケガとは認めにくい」と判断される傾向があります。
つまり、こういうことです。
受診が遅れると、たとえ本当に事故のケガでも、それを「事故のせい」だと証明するのが、急に難しくなります。
立証責任は、被害者の側にあるからです。
これは、被害者にとって理不尽に感じるかもしれません。
ですが、これが実務の現実です。
だからこそ、早く病院へ行くことが、何よりの自己防衛になります。
整形外科へ行く。整骨院だけでは足りない理由
通院先についても、注意点があります。
整骨院や接骨院は、体をほぐしてもらえて、通いやすいです。
ですが、そこにいるのは医師ではなく、柔道整復師(じゅうどうせいふくし)という専門職です。
整骨院だけでは、足りない場面があります。
理由は2つです。
ひとつは、診断書を書けるのは医師だけだから。
もうひとつは、あとで述べる後遺障害(こういしょうがい)の判断は、医師の診断や検査をもとに行われるからです。
ですから、まずは整形外科(せいけいげか)の医師に診てもらってください。
整骨院に通うのは、その医師の了解を得たうえで、並行して通うのが安全です。
整骨院だけに通っていると、保険会社からこう言われることがあります。
「医師の診察を受けていないので、治療の必要性が確認できません」
医師のカルテという「軸」があるかどうか。
それが、のちのち効いてきます。
物損事故のままにしない。人身事故へ切り替える
事故には、2つの扱いがあります。
物損事故(ぶっそんじこ)と、人身事故(じんしんじこ)です。
物損事故は、「物が壊れただけ」という扱いです。
人身事故は、「人がケガをした」という扱いです。
ケガをしたのに物損事故のままだと、治療費や慰謝料の請求で、不利になるおそれがあります。
切り替えの方法は、こうです。
医師に診断書を書いてもらい、それを警察に提出します。
これで、物損事故から人身事故に切り替わります。
なぜ、この切り替えが大事なのか。
人身事故になって初めて、警察が先ほどの実況見分調書を作ってくれることが多いからです。
その調書は、過失割合(かしつわりあい)を決めるときの、重要な土台になります。
過失割合とは、「事故の責任が、どちらにどれだけあるか」の割合のことです。
この割合がずれると、受け取れる金額が大きく変わります。
切り替えには、期限の目安があります。
時間がたつほど難しくなるので、ケガが分かったら早めに動いてください。
交通事故証明書に間違いがあったら、すぐ直す
最後に、見落としがちな点です。
発行された交通事故証明書の中身を、必ず確認してください。
当事者の名前。
事故の日時。
発生した場所。
ここに間違いがあると、あとの話し合いでトラブルになります。
誤りに気づいたら、発行元である「自動車安全運転センター」か、事故を扱った警察署に連絡し、訂正してもらいます。
放置しないことです。
長い目で見る。「今日の対応」が、後遺障害の認定につながる
ここまでは、事故直後の短い時間の話でした。
ですが、視点を長く伸ばすと、その重みが分かります。
治療を続けても、これ以上はよくならない、という時点が来ることがあります。
これを症状固定(しょうじょうこてい)といいます。
症状固定のあとも、痛みやしびれが残ることがあります。
そのときに申請するのが、後遺障害等級認定(こういしょうがいとうきゅうにんてい)です。
残った症状の重さを、1級から14級までの等級で評価する仕組みです。
この等級が、その後の賠償額を大きく左右します。
たとえば、むち打ちで認められることが多いのは14級か12級ですが、両者で金額の差は数百万円に及ぶこともあります。
そして、この認定で重視されるのが、事故直後からの一貫した記録です。
事故の翌日から首の痛みを訴えていた。
通院に大きな空白がない。
医師のカルテに、症状が連続して書かれている。
こうした記録があると、「事故のケガが続いている」と認められやすくなります。
逆に、初診が遅れていたり、通院が途切れていたりすると、認定は厳しくなります。
つまり、事故直後の「1週間以内の受診」は、その場しのぎではありません。
半年後、一年後の後遺障害の評価まで、つながっているのです。
弁護士に頼んだ場合と、頼まなかった場合
同じ事故でも、対応の仕方で結果は変わります。
弁護士に頼まなかった場合を考えます。
被害者は、保険会社が提示してきた金額を、相場だと思って受け入れがちです。
ですが、その金額には、からくりがあります。
保険会社が使う慰謝料の基準は、裁判所が使う基準より、低く設定されていることが多いのです。
慰謝料の計算には、大きく3つの基準があります。
自賠責基準。
任意保険基準。
そして、裁判所基準(弁護士基準とも呼びます)です。
このうち、いちばん高くなりやすいのが、裁判所基準です。
保険会社が最初に出してくるのは、たいてい、それより低い金額です。
弁護士に頼むと、この裁判所基準で交渉できます。
結果として、慰謝料が増えることが少なくありません。
過失割合の主張や、後遺障害の申請も、被害者だけで戦うより通りやすくなります。
しかも、先ほどの弁護士費用特約があれば、費用の負担はほとんどかかりません。
「頼んだほうが、手元に残る金額が増える」ということが、実際に起こります。
本当の論点は「手続き」ではなく「立証」です
ここまで読んで、気づかれたかもしれません。
事故直後にやるべきことは、バラバラの作業ではありません。
すべて、ひとつの目的でつながっています。
それは、「自分は、この事故で、これだけの被害を受けた」と、あとで証明できるようにしておくことです。
警察への連絡は、事故があった証明のため。
早い受診は、ケガと事故のつながりの証明のため。
写真や調書は、状況の証明のため。
立証責任は、被害者の側にあります。
だから、証明の材料を最初に集めた人が、最後に有利になります。
一見すると、事故直後は「とにかくバタバタ対応する場面」に見えます。
ですが実は、「将来の自分を守る証拠を、静かに残しておく場面」なのです。
次に、何をすればよいか
もし、あなたがいま事故に遭ったばかりなら。
まずは落ち着いて、警察へ連絡してください。
そして、1週間以内に、できれば整形外科を受診してください。
この2つだけでも、あとの結果は大きく変わります。
すでに数日たってしまった方も、あきらめないでください。
2週間を超える前に、一日でも早く病院へ行くこと。
それが、今からでもできる、いちばん確実な対策です。
そして、自分の保険に弁護士費用特約が付いていないか、確認してみてください。
付いていれば、費用の心配をほとんどせずに、専門家に相談できます。
判断に迷う場面が出てきたときは、早い段階で弁護士に状況を話しておくと、選べる選択肢が多く残ります。
時間がたつほど、取れる手は少なくなっていくからです。
