ご家族を交通事故で亡くされた方へ|示談の前に知っておきたい賠償の基準

ご家族を交通事故で亡くされた方に、この記事がすぐに役立つとは思っていません。
葬儀のこと、警察や検察とのやり取り、そして深い悲しみ。
賠償の話など、考えられる状態ではないのが普通です。
それでも、いつかの時点で、加害者側の保険会社から示談の話が来ます。
そのときに、知っているかどうかで結果が大きく変わることが、いくつかあります。
この記事では、死亡事故で弁護士がどんな役割を果たすのか、そして弁護士が入ることで賠償額がどう変わるのかを、できるだけ具体的に説明します。
急いで読む必要はありません。
必要になったときに、読み返していただければ十分です。
1.死亡事故の賠償は、なぜ弁護士なしでは難しいのか
死亡事故の損害賠償には、ケガの事故とは違う難しさが三つあります。
一つめは、金額の大きさです。
死亡事故の賠償額は、数千万円から、ときに1億円を超えます。
金額が大きいほど、基準の違いによる差額も大きくなります。
二つめは、本人が語れないことです。
ケガの事故なら、被害者本人が事故の状況を説明できます。
死亡事故では、それができません。
加害者側の説明だけが残り、過失割合が不当に不利にされてしまう危険があります。
三つめは、交渉する側が深い悲しみの中にいることです。
冷静な計算と交渉を、ご遺族自身が行うのは、あまりに酷です。
悲しみの中で判断を急がされることこそ、避けなければなりません。
この三つの難しさは、いずれも、ご遺族に代わって動く専門家がいることで、かなりの部分を解消できます。
2.死亡事故の賠償金は、何で構成されているのか
弁護士の役割を説明する前に、賠償金の中身を整理します。
死亡事故の賠償金は、主に次の項目でできています。
死亡慰謝料。
亡くなったご本人の精神的苦痛に対するお金と、ご遺族固有の慰謝料です。
死亡逸失利益。
亡くならなければ、将来働いて得られたはずの収入です。
葬儀関係費用。
裁判所基準では、150万円程度が目安とされています。
死亡までの治療費・入院費など。
事故から亡くなるまでに期間があった場合の損害です。
このうち金額が大きいのは、死亡慰謝料と死亡逸失利益です。
そして、この二つこそ、どの基準で計算するかによって、大きな差が生まれる項目です。
事故がなければ、将来得られたはずの収入のことです。
亡くなった方の収入・年齢・家族構成をもとに、就労可能だった年数分を計算します。
死亡事故では、賠償金の中で最も大きな項目になることが多いです。
3.基準の違いで、慰謝料はどれくらい変わるのか
3-1.自賠責基準の死亡慰謝料
自賠責保険の死亡慰謝料は、亡くなったご本人の分が400万円です。
これに、遺族の人数に応じた金額が加わります。
請求する遺族が1人なら550万円、2人なら650万円、3人以上なら750万円です。
被害者に扶養されていた方がいれば、さらに200万円が加算されます。
すべて合計しても、慰謝料としては最大で1350万円です。
なお、自賠責保険は死亡事故全体で3000万円が支払いの上限です。
3-2.裁判所基準の死亡慰謝料
裁判所基準では、亡くなった方の家庭内での立場によって、目安が変わります。
一家の生計を支えていた方の場合、2800万円程度。
配偶者や、お母さんの立場にあった方の場合、2500万円程度。
その他の方(独身の方、お子さん、ご高齢の方など)の場合、2000万円から2500万円程度です。
この金額には、ご遺族固有の慰謝料も含めた総額としての目安です。
自賠責基準との差は、おおむね1000万円を超えます。
同じ事故、同じご家族でも、使う物差しによって、これだけの差が生まれるのです。
亡くなったご本人だけでなく、父母・配偶者・子にも、固有の慰謝料を請求する権利が法律で認められています(民法711条)。
裁判例では、兄弟姉妹や祖父母に認められた例もあります。
3-3.保険会社の提示は、その中間のどこかです
保険会社が最初に提示してくる金額は、自社の任意保険基準で計算されています。
自賠責基準よりは高いものの、裁判所基準にはかなり届かない水準であることがほとんどです。
大切なのは、提示額を見ただけでは、それが低いことに気づけない、という点です。
数千万円という金額は、日常の感覚からすれば十分に大きく見えます。
しかし、比べるべき相手は日常の感覚ではなく、裁判所基準なのです。
4.逸失利益──もっとも差がつきやすく、もっとも争われる項目
4-1.計算の仕組み
死亡逸失利益は、おおまかに言えば、次の計算で求めます。
亡くなった方の年収から、本人が生きていれば使ったはずの生活費を差し引き、働けたはずの年数分を掛け合わせます。
生活費として差し引く割合を、生活費控除率といいます。
一家の生計を支えていた方なら30〜40パーセント程度。
女性の方なら30パーセント程度。
独身男性なら50パーセント程度が、実務の目安です。
亡くなった方が、生きていれば自分のために使ったはずの生活費の割合です。
逸失利益の計算では、収入からこの割合を差し引きます。
この率が10パーセント違うだけで、賠償額は数百万円単位で変わります。
4-2.争いになりやすいポイント
逸失利益は、計算の前提をどう置くかで、金額が大きく動きます。
実務でよく争いになるのは、次のような点です。
収入の認定。
自営業の方や、転職直後の方は、基礎となる収入をいくらとみるかで争いになります。
主婦・主夫の方の逸失利益。
収入がなくても、家事労働には経済的な価値が認められます。
女性の平均賃金をもとに計算するのが、裁判所の確立した考え方です。
お子さんや学生の逸失利益。
まだ収入がなくても、将来働けたはずですから、平均賃金をもとに逸失利益が認められます。
ご高齢の方の逸失利益。
年金の一部も、逸失利益の対象になり得ます。
保険会社の提示では、こうした点が低めに、あるいは計算から漏れた形で出てくることがあります。
専門的な計算だからこそ、提示書だけを見て漏れに気づくのは、非常に難しいのです。
5.金額以外で、弁護士が役に立つ場面
5-1.刑事記録を取り寄せ、事故状況を明らかにする
死亡事故では、加害者が刑事事件として起訴されることが多くあります。
弁護士は、刑事裁判の記録や実況見分調書を取り寄せ、事故の状況を客観的な資料で再現します。
これが特に重要になるのが、過失割合の争いです。
亡くなった方は、もう反論できません。
被害者にも過失があった、という加害者側の主張に対し、証拠で答えるのが弁護士の仕事です。
過失割合が10パーセント動けば、総額5000万円の事案なら500万円が動きます。
5-2.刑事手続への遺族の参加をサポートする
ご遺族の中には、お金の問題以上に、加害者にきちんと罪を認めてほしい、真実を知りたい、と願う方が多くいらっしゃいます。
刑事裁判には、被害者参加制度という仕組みがあります。
ご遺族が法廷で意見を述べたり、一定の質問をしたりできる制度です。
弁護士は、この手続に付き添い、準備を手伝うことができます。
賠償金の話とは別に、ご遺族の気持ちの区切りに関わる、大切な役割です。
一定の重大事件で、被害者やご遺族が刑事裁判に参加できる制度です。
法廷で意見を述べたり、被告人に質問したりすることができます。
5-3.窓口を引き受け、ご遺族を交渉から解放する
弁護士に依頼すると、保険会社との連絡窓口は、すべて弁護士になります。
提示書の検討も、電話のやり取りも、書類の作成も、ご遺族が直接行う必要はなくなります。
これは、金額には表れない価値です。
悲しみの中で、支払う側の会社と何度も交渉する。
その負担から解放されることの意味は、経験されたご遺族が一番よくご存じです。
5-4.相続人の確定と、遺族間の調整
死亡事故の賠償請求権は、相続人が引き継ぎます。
誰が相続人なのかを戸籍で確定し、誰がいくら受け取るのかを整理する必要があります。
相続人が多い場合や、連絡の取りにくい相続人がいる場合、この作業だけでも大変です。
弁護士は、この手続全体を整理して進めることができます。
6.実際、どれくらい変わるのか──構造で理解する
弁護士が入ると賠償額が上がる、という話は、宣伝のように聞こえるかもしれません。
そこで、なぜ上がるのかを、構造として説明します。
第一に、慰謝料の基準が変わります。
前に見たとおり、死亡慰謝料だけで、自賠責基準と裁判所基準の差は1000万円を超えます。
弁護士は、裁判所基準を出発点として交渉します。
第二に、逸失利益の計算が適正化されます。
収入の認定、生活費控除率、対象期間。
それぞれの前提を裁判例に沿って主張することで、数百万円単位の差が生まれることがあります。
第三に、訴訟という選択肢が現実のものになります。
交渉がまとまらなければ、訴訟で裁判所の判断を求めることになります。
判決では、事故日からの遅延損害金(2020年4月1日以降の事故なら年3パーセント)と、認容額の1割程度の弁護士費用相当額が上乗せされます。
賠償額が大きい死亡事故では、遅延損害金だけで数百万円になることもあります。
保険会社もこの構造を知っているため、弁護士が入った段階で、提示水準が変わることがあるのです。
合計すると、当初提示から1000万円以上の増額に至る事案は、死亡事故ではめずらしくありません。
ただし、増額の幅は、事故の状況、亡くなった方の年齢や収入、過失割合によって大きく異なります。
どの事案でも必ず大幅に増える、とお約束できるものではありません。
だからこそ、ご自身の事案でどうなのかを、個別に確認していただきたいのです。
7.費用の心配について
弁護士費用が心配で相談をためらう方は、多くいらっしゃいます。
まず確認していただきたいのが、弁護士費用特約です。
亡くなった方やご遺族の自動車保険、あるいは同居のご家族の保険についていれば、使える場合があります。
上限は300万円程度が一般的です。
弁護士に依頼する費用を、保険会社が負担してくれる特約です。
自動車保険のほか、火災保険や傷害保険についていることもあります。
使っても保険の等級は下がらないのが通常です。
特約がない場合でも、死亡事故では賠償額が大きいため、費用を差し引いても手元に残る金額が増えるのが通常です。
多くの事務所では、依頼前に費用の見積もりと増額の見込みを説明します。
その説明を聞いたうえで、依頼するかどうかを決めていただければよいのです。
8.まとめ──急がず、しかし独りで抱え込まずに
最後に、お伝えしたいことを三つにまとめます。
一つめ。
保険会社からの提示額は、それがどれほど大きな金額に見えても、裁判所基準と比べてからでなければ、適正かどうか判断できません。
二つめ。
弁護士の役割は、金額の交渉だけではありません。
事故状況の解明、刑事手続への参加支援、相続の整理、そして交渉の窓口の引き受け。
ご遺族の負担を減らすこと自体が、大きな役割です。
三つめ。
急ぐ必要はありません。
死亡事故の損害賠償請求権の時効は、原則として、損害と加害者を知ったときから5年です。
気持ちの整理がつかないうちに、示談を急ぐ必要はまったくありません。
ただ、示談書にサインをする前に、一度だけ、専門家に提示内容を見せてください。
サインの前であれば、やり直せます。
ご遺族が、故人のためにできることの一つが、適正な賠償を受けることだと私たちは考えています。
その準備が整ったときで構いません。
弁護士費用特約の有無を確認し、相談の予約を取る。
それだけで、あとの手続きは任せることができます。
被害者に役立つ情報
交通事故の葬祭費基準は60万円までって本当?