交通事故の示談交渉|保険会社の提示額が低い本当の理由と、被害者が取るべき対応

2026.08.02

高松で交通事故に遭われた方から、こんなご相談をよく受けます。
保険会社から金額の提示が来たけれど、この金額が高いのか安いのか、判断できない。
担当者はていねいだけれど、本当に信用していいのか分からない。
早く示談したほうがいいと言われて、焦っている。

この記事では、そうした不安の正体を、順番にほどいていきます。
読み終わるころには、示談交渉の相手が誰なのか、提示された金額がどういう仕組みで出てきた数字なのか、そして自分は次に何をすればいいのかが、はっきりしているはずです。
むずかしい言葉には、そのつど短い説明をつけています。

1.示談交渉の相手は、実は決まっていません

交通事故の示談交渉と聞くと、加害者と直接話し合う場面を想像する方が多いと思います。
しかし実際には、交渉の相手は加害者の保険加入状況によって変わります。

加害者が任意保険に入っていれば、交渉相手は保険会社の担当者になります。
これがいちばん多いパターンです。
加害者が自賠責保険にしか入っていなければ、交渉相手は加害者本人です。
加害者がまったく保険に入っていない場合や、ひき逃げで相手が分からない場合は、国の政府保障事業や、ご自身が加入している人身傷害保険が受け皿になります。

つまり、最初に確認すべきなのは、相手が任意保険に入っているかどうかです。
ここが分からないまま話を進めると、そもそも誰にお金を請求できるのかが決まりません。

【用語解説】示談
裁判をせずに、当事者どうしの話し合いで賠償の内容を決めることです。
一度成立すると、原則としてやり直しはできません。
そのため、示談書にサインをする前が、最後の分かれ道になります。
【用語解説】被害者請求
被害者自身が、加害者の自賠責保険会社に直接お金を請求する手続きです。
加害者が任意保険に入っていないときや、後遺障害の認定を自分の手で進めたいときに使います。

2.保険会社の担当者は、最初から敵ではありません

2-1.病室に来た担当者に、怒りをぶつけても得るものはありません

入院が必要な事故では、かなり早い段階で保険会社の担当者が病室を訪ねてきます。
本人に意識があれば本人に、なければご家族に、あいさつと今後の説明をしていきます。

このとき、強い怒りを感じる方は少なくありません。
加害者本人はまだ謝りにも来ていない。
それなのに、なぜ知らない会社の人が来るのか。
自然な感情だと思います。

ただ、ここで押さえておきたい事実があります。
保険会社は、加害者ではありません。
加害者に代わって手続きを進める立場にいる、別の会社です。
今の任意保険には示談代行というサービスがついているため、加害者本人が交渉の場に出てくることは、ほとんどありません。

ですから、あいさつに来た担当者に強く当たっても、得られるものはありません。
ご苦労さまです、よろしくお願いします、と伝えておけば十分です。
落ち着いた関係のほうが、その後の連絡もスムーズになります。

【用語解説】示談代行サービス
加害者が入っている任意保険会社が、加害者に代わって被害者と交渉してくれる仕組みです。
保険会社は自分が支払う立場でもあるため、この代行が認められています。

2-2.ただし、途中から利害は必ずぶつかります

問題は、その先です。
治療が進み、症状固定が近づくと、話は具体的な金額に移ります。
ここから先、保険会社と被害者の利害は、はっきりと反対方向を向きます。

保険会社は営利企業です。
支払う金額は、少ないほうがよい。
被害者は、実際に受けた損害に見合う金額を受け取りたい。
どちらが悪いという話ではなく、立場が違えば結論も違う、というだけのことです。

だから、途中までは第三者、途中からは交渉の相手方。
この切り替わりを知っておくことが大切です。
最初の親切な印象のまま、最後まで信じきってしまうと、金額の話になったときに戸惑うことになります。

3.提示された金額は、どこから出てきた数字なのか

交通事故の賠償金には、大きく分けて三つの基準があります。
提示額が高いか安いかは、この構造を知らないと判断できません。

3-1.自賠責基準(いちばん低い)

自賠責保険は、すべての車が加入を義務づけられている強制保険です。
最低限の補償を目的としているため、金額はもっとも低く設定されています。
けがの部分は、治療費も慰謝料も合わせて120万円が上限です。

慰謝料は、原則として1日あたり4300円で計算します(2020年4月1日以降に起きた事故の場合)。
対象になる日数は、治療期間と、実際に通った日数の2倍と、どちらか少ないほうです。

3-2.任意保険基準(会社ごとの社内基準)

保険会社が最初に提示してくるのが、この任意保険基準です。
各社が内部で決めている基準で、外部には公表されていません。
自賠責基準より少し高い程度にとどまることが多い、というのが実務の感覚です。

ここで多くの方が誤解します。
保険のプロが出してきた数字だから、それが相場なのだろう、と考えてしまうのです。
しかし任意保険基準は、標準額でも上限額でもありません。
支払う側が自分で決めた社内ルールにすぎません。

3-3.裁判所基準(もっとも高い)

裁判所が実際の判決で使っている基準です。
弁護士が交渉するときも、この基準を出発点にします。

三つの差は、数字で見るとはっきりします。
たとえば、むちうちで3か月通院し、実際の通院日数が30日だったケース。
自賠責基準では、4300円×60日で25万8000円ほどです。
裁判所基準では、他覚的な所見のないむちうちでも53万円前後が目安になります。

後遺障害では、差はさらに広がります。
14級の後遺障害慰謝料は、自賠責基準で32万円、裁判所基準で110万円が目安です。
12級では、自賠責基準の93万円に対し、裁判所基準では290万円が目安になります。

同じけが、同じ等級でも、どの物差しを使うかで金額が三倍近く変わる。
これが、提示額に納得がいかない理由の正体であることは、非常に多いです。

【用語解説】裁判所基準(弁護士基準)
過去の判決の積み重ねから作られた、賠償額の目安です。
実務では、赤い本と呼ばれる書籍にまとめられた基準がよく使われます。
三つの基準のうち、もっとも高くなるのが通常です。
弁護士の視点
提示額が低いのは、担当者が意地悪をしているからではありません。
その担当者は、会社が決めた基準に従って計算しているだけです。
つまり、担当者を責めても金額は動きません。
動かすべきなのは、担当者ではなく、使われている基準のほうです。

4.早く示談したほうがいい、と言われたとき

早く示談しないと大変なことになりますよ。
そう言われて不安になる方がいます。

しかし、実際の期限はそれほど差し迫っていないことがほとんどです。
けがや後遺障害についての損害賠償請求権は、損害と加害者を知ったときから5年で時効になります。
物の壊れた分については3年です。
後遺障害の分は、症状固定の日から数えるのが原則です。

つまり、数か月急がされる理由は、法律上はあまりありません。
それでも急かされるとしたら、それは支払う側の事情です。

急いではいけない理由は、もう一つあります。
治療の途中で示談してしまうと、その後で症状が残ったときに、後遺障害の分を請求できなくなるおそれがあるからです。
示談は、原則としてやり直せません。
金額を決めるのは、症状固定の後です。

もう一つ、実務的な注意点があります。
金額の話を電話だけで済ませないことです。
言った、言わないの争いになりやすく、後から確認するすべがなくなります。
提示は書面かメールでいただけますか、と伝えれば足ります。
それを断る保険会社は、まずありません。

【用語解説】症状固定
治療を続けても、これ以上はよくならない状態になったという医学的な判断です。
ここから先の話は、治療から賠償へと切り替わります。
判断するのは保険会社ではなく、主治医です。

5.過失割合は、保険会社が決めるものではありません

示談交渉でもめやすいのが、過失割合です。
今回はそちらが3割ですね、と、はっきりした口調で言われることがあります。

ここは誤解されがちなところです。
保険会社の担当者に、過失割合を決める権限はありません。
それは、その会社の見解にすぎません。

実際の過失割合は、過去の裁判例を類型ごとに整理した資料をもとに、事故の状況にあてはめて決めていきます。
信号の色、道路の幅、速度、進路変更の有無。
そうした事実が、割合を左右します。

だからこそ、事実を残す作業が重要になります。
ドライブレコーダーの映像。
警察が作成する実況見分調書。
目撃者の連絡先。
これらは、時間が経つほど手に入りにくくなります。

過失割合が10パーセント変われば、賠償額も10パーセント変わります。
総額500万円の事案なら、50万円の差です。
交渉の場で口頭で言われた数字を、そのまま前提にする必要はありません。

【用語解説】過失相殺
被害者にも不注意があった場合に、その割合の分だけ賠償額を減らす仕組みです。
たとえば損害が1000万円で被害者の過失が2割なら、受け取れるのは800万円になります。

6.約款と社内基準──提示額の裏側にあるもの

保険会社の担当者は、自由に判断しているわけではありません。
約款と、社内の支払基準に従って動いています。

【用語解説】約款
保険契約の内容を細かく定めたルール集です。
保険の取扱説明書のようなものだと考えてください。

ここで正確にお伝えしておきたいことがあります。
相手方の保険会社の約款や社内基準を、被害者が見せてもらうことは、通常できません。
約款は、加害者と保険会社との契約に関するものだからです。

そして、より大事なのは次の点です。
相手の約款や社内基準は、被害者を法的にしばるものではありません。
被害者が請求できる金額を決めるのは、あくまで法律と裁判例です。
社内基準ではこうなっています、と言われても、それは相手の内部事情の説明にすぎません。

一方で、必ず確認していただきたい約款があります。
ご自身が加入している保険の約款です。
弁護士費用特約がついていないか。
人身傷害保険の補償はどこまでか。
搭乗者傷害や無保険車傷害の特約はどうか。
ここに、使えるはずなのに使われていない補償が眠っていることが、本当によくあります。

7.弁護士に頼んだ場合と、頼まなかった場合

7-1.なぜ、弁護士が入ると金額が変わるのか

弁護士が入るだけで金額が上がるというのは、何かの魔法のように聞こえるかもしれません。
仕組みは単純です。

弁護士は、裁判所基準を前提に交渉します。
そして、話がまとまらなければ訴訟という次の手段があります。
訴訟になれば、裁判所は裁判所基準で判断します。

保険会社から見れば、訴訟には時間も費用もかかります。
最終的に裁判所基準で払うことになるのなら、その手前で歩み寄ったほうが合理的だという判断が働く場面があります。
だから金額が動くのです。

7-2.訴訟になった場合に増えるもの

訴訟で判決に至った場合、賠償額に上乗せされるものがあります。

一つは、遅延損害金です。
事故の日から支払いまでの期間について、法定の利率で計算されます。
2020年4月1日より前の事故は年5パーセント、それ以降の事故は年3パーセントが基本です。
治療が長引いた事案では、これだけで無視できない金額になります。

もう一つは、弁護士費用相当額です。
裁判所が認めた損害額の1割程度が、損害の一部として加算されるのが一般的な運用です。

【用語解説】遅延損害金
本来支払われるべき時期から遅れたことに対する、利息のようなお金です。
交通事故では、事故の日から発生すると考えられています。

7-3.正直に言えば、向かない場合もあります

弁護士に依頼すれば必ず得をする、とは申し上げません。

物損だけの事案や、通院期間がごく短い事案では、増額の幅より費用のほうが大きくなることがあります。
訴訟になれば、解決までに1年以上かかることも珍しくありません。
ご自身の人身傷害保険を先に使っている場合は、受け取り方の順番によって手取りが変わることもあります。

ですから、依頼するかどうかは、見込みの増額幅と費用と時間を並べて比べたうえで決めるべきです。
その比較材料を出してもらうために相談する、という使い方で構いません。

8.裁判をしない、という選択肢もあります

争いになったら裁判しかない、というわけではありません。
その中間にあたる手続きがあります。

交通事故紛争処理センターでは、無料で和解のあっせんを受けられます。
日弁連交通事故相談センターにも、同様の相談とあっせんの仕組みがあります。
どちらも、裁判より短い期間で結論が出ることが多い手続きです。

裁判所基準に近い水準での解決が期待できる一方、訴訟のように証人尋問まで行うわけではありません。
争点が過失割合だけ、あるいは慰謝料の水準だけ、というような場合には、選択肢として十分に検討する価値があります。

【用語解説】交通事故紛争処理センター
交通事故の損害賠償について、中立の立場で和解のあっせんを行う機関です。
利用は無料で、全国に相談所があります。

9.まとめ──今日からできること

長くなりましたので、要点を三つに絞ります。

一つめ。
保険会社は加害者ではありません。
最初は第三者、金額の話に入れば交渉の相手方です。
感情ではなく、事実と基準で向き合ってください。

二つめ。
提示された金額は、相手の社内基準で計算された数字です。
標準額でも上限額でもありません。
裁判所基準と比べてはじめて、高いか安いかが分かります。

三つめ。
急ぐ必要は、思っているほどありません。
金額を決めるのは、症状固定の後です。
提示は書面でもらい、その場で返事をしない。
それだけで、守れるものがあります。

そして、最後にお伝えしたいことがあります。
ご自身やご家族の自動車保険に、弁護士費用特約がついていないか確認してみてください。

【用語解説】弁護士費用特約
弁護士に依頼する費用を、ご自身の保険会社が負担してくれる特約です。
上限は300万円程度、法律相談料は10万円程度が一般的です。
使っても等級は下がらないのが通常で、ご家族の保険に付いていれば使える場合もあります。

この特約があれば、費用の心配をせずに弁護士に相談できます。
なければ、相談だけしてみて、依頼するかどうかは後で決めても構いません。

どの道を選ぶかを決めるのは、被害に遭われたご本人です。
そのために必要な材料を、遠慮なく求めてください。

被害者に役立つ情報

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