脳機能の障害

高次脳機能障害 脳に関する日常生活への影響

交通事故で頭部にダメージを負うと、骨折や出血といった目に見える傷だけでなく、記憶・注意・感情のコントロールなど脳の高度な働きに障害が残ることがあります。
これらは高次脳機能障害と呼ばれ、外見からは分かりにくいため、本人も家族も気づきにくく、周囲から誤解されやすい厄介な後遺障害です。
この記事では、高次脳機能障害の代表的な症状と日常生活への影響、そして後遺障害等級の認定で問題になりやすい点や慰謝料まで、まとめて解説します。

1.記憶障害は典型的な脳機能障害

交通事故直後に記憶の障害が現れることがまれにあります。
身体に大きな衝撃が加わるため、特に頭に衝撃を受けた場合に、交通事故の当時の記憶がなくなったり、あいまいになったりすることがあります。
身体に大きな衝撃をうけなくとも、交通事故という非日常の体験から精神的なショックを受けて、記憶障害が生じることがあります。
しかし、交通事故から時間が経ち、精神的に落ち着いてくると、交通事故時の記憶を思い出せることがほとんどです。
ですが、交通事故からしばらくたっても記憶が戻らなかったり、交通事故から物忘れがひどくなったりすることがあります。

心配のいらない記憶障害と、深刻な記憶障害

交通事故に関してのみ思い出せない場合には、交通事故の状況が凄惨であったり怪我がひどかったりしたことなどの心因性のショックが原因で、ある意味精神を正常に保つための自己防衛本能であるため、大きく心配する必要はありません。
それよりも深刻なのが
『事故以前の記憶がなくなる』
『会社でいつもしている業務の手順が分からなくなる』
『以前ならば簡単に覚えられたことが覚えられない』
といったことです。
事故以前の記憶がなくなるというのは、ドラマなどで聞き馴染みがある記憶喪失といえば分かりやすいと思いますが、医学用語では『健忘』と言います。
心因性が起因の『解離性健忘』では、文字はきちんと読めますし計算もできるし、テレビがテレビであることは分かっても、自分の名前や家族、自分に関する生活の歴史が思い出せなくなります。
事故のショックで数時間から数週間思い出せないということはままあるのですが、そのまま思い出せないという例もあります。
一方、会社でいつもしている業務の手順が分からなくなる、以前ならば簡単に覚えられたことが覚えられない、という場合はさらに深刻です。
このような場合には脳にダメージを負っており、それによる記憶障害が疑われるからです。

【用語解説】びまん性軸索損傷(じくさくそんしょう)
頭が激しく揺さぶられることで、脳の神経線維が広範囲に引きちぎられるように損傷する状態。
出血をともなわないことも多く、CTでは写りにくいため、MRIなどでの詳しい検査が必要になる。
高次脳機能障害の主な原因のひとつとされている。

2.注意障害・遂行機能障害・行動障害も発生する可能性がある

脳のダメージによる障害は記憶障害だけではありません。
注意が散漫になる、同じことを続けてできない、2つのことを同時に行えない、といった『注意障害』。
計画を立てることができない、人からの指示がないと行動できない、計画通りにできず行き当たりばったりになる、といった『遂行機能障害』。
団体行動ができない、周囲の雰囲気を読んで行動できない、という『行動障害』。
無気力になる、攻撃的になる、疑い深くなる、といった『性格の変化』などがあります。
このような記憶や脳の機能に障害があることを『高次脳機能障害』と言うのですが、事故当時に脳震盪や脳内出血などの症状があり、すぐに検査や診察を受けていた場合には、脳内出血が原因の記憶障害、などと診断がつきます。
しかし、頭部に大きな怪我などが無く後からそれらの症状が出てきた場合、事故によるものなのか、それとも別のことが原因なのか、と原因がはっきりしなくなります。

高齢の場合、交通事故による障害か否かが争われる

特に患者が高齢の場合は、加齢による認知症が発生したのか、それとも以前より認知症があったのか、ということも問題となってきます。
交通事故以前から認知症があり記憶障害の症状がすでにあった場合、保険会社は、記憶障害は以前からあったもので交通事故でひどくなったとはいえず、交通事故から症状固定の間の記憶障害の進行も年齢相当の進行度で後遺症とは認められない、との主張がされることがあります。
裁判の判例でも記憶障害等に関する障害を全面的に認めてはおらず、事故以前の記憶障害の状態や患者の年齢を鑑みて、高齢である場合には交通事故との因果関係は認められない、とするものがあります。
高齢と言えない年齢であっても、認知症の発症の可能性や元からの行動特性が問われることもあるため、後遺障害認定の申請をする場合には注意が必要です。

3.日常生活への影響

交通事故で頭部にダメージを負った場合、脳内出血などの直接的な傷害のほかに、脳の精神機能に障害が出ることがあります。
精神的な脳機能障害の代表的な症状には、記憶障害・注意障害・遂行機能障害・行動障害・性格の変化があります。

記憶障害の場合、昨日の出来事を思い出せないことがある

記憶障害の場合、過去の出来事が思い出せない、新しいことが覚えられない、の2つがあります。
1週間前の夕ご飯は何を食べた、と言われてすぐに思い出せなくても、あの日は一緒にお寿司を食べに行ったでしょ、と言われて、ああそうだった、と言う場合には大丈夫なのですが、食べになんて行っていない、と言う場合には記憶障害が疑われます。
また、ポストに新聞を取りに行って、とお願いしたにもかかわらず、取りに行くことではなく頼まれたこと自体を忘れてしまうというケースもあります。
家族間の小さな出来事ならば、忘れてもフォローできることもありますが、仕事の場合、1週間前に頼んだ資料はどうなった、先ほど得意先に電話するように言ったのにしていないからクレームが来た、と大きな問題となりかねません。

注意障害の場合、自動車の運転は要注意となる

注意障害の場合、注意力が散漫になる、同時に2つのことができなくなる、など注意力不足が顕著になります。
例えば、お味噌汁を作るのにお湯を沸かしながら具を切るというのはよくあることです。
しかし、注意障害の人は具を切っていることだけに気を取られ、お湯が沸騰し続けていても気が付きません。
さらに、テレビで気になるニュースが聞こえてきたりすると、具を切ることを忘れてしまったり、最悪手を切ったりします。
注意障害がある方の車の運転は要注意になります。
自動車の運転には、周囲の状況に加え、自分の自動車のスピードや車間距離など、注意を払わなければならないことが同時に多数あるため、注意障害の患者は事故を起こしやすくなります。

遂行機能障害は、行動の見通しを立てることができなくなる

遂行機能障害の場合は、予定を立てて行動することができないことが多いです。
見通しを立てることが苦手で、誰かの指示がなければ行動することができず、病院に診察に行くと伝えても、普通ならば、病院に行くのならば診察券と保険証とお薬手帳を用意しないと、お金も1万円くらいいるかな、と想像できることもできず、病院に行ってから、診察券を忘れた、今日はお金を持っていない、ということが多いです。
家族が、診察券を持った、お金は、と声掛けをして、ああ忘れていた、となればよいのですが、分かっている、何度もうるさい、と喧嘩の火種となることがあります。

行動障害の場合、周囲の状況や雰囲気に合わせた行動ができなくなる

葬儀など普通ならば無言で沈痛な雰囲気でなければいけないところで大声を出したり笑ったり、反対に結婚式で怒って暴れたりと、状況にそぐわない行動をとったりします。
一般的には空気が読めないと言われることが多いですが、行動が大きく逸脱すると異常行動とみなされるため、周囲から浮いた存在となってしまいます。

性格の変化が攻撃的な方向に向かうと、家族の苦痛が大きい

性格の変化の場合、以前は活発であったのにふさぎ込みがちになった、温厚であったのにちょっとしたことで怒るようになった、物静かな人だったのに物を投げつけたり暴力を振るうようになった、と消極的もしくは攻撃的な性格となることが多いです。
消極的な性格の変化の場合はうつ病が疑われ、周囲の人のサポートが欠かせなくなります。
攻撃的な性格へ変貌してしまった場合には、DV(ドメスティック・バイオレンス)や家庭内暴力へと発展することもありますし、家庭内で収まらず他人への暴力行為に及んでしまうと刑事事件へと発展してしまいます。
交通事故を境に行動や性格的な変化が見られた場合には、速やかに脳神経外科と精神科を受診をした方が良いでしょう。

【用語解説】社会的行動障害
高次脳機能障害のうち、感情のコントロールや対人関係、社会のルールに沿った行動が難しくなる症状の総称。
怒りっぽくなる、こだわりが強くなる、意欲が低下するなど、性格が変わったように見えるのが特徴。
本人には自覚がないことも多く、家族の負担が特に大きくなりやすい。

4.家族の役割と、生活の立て直し

高次脳機能障害は、本人に自覚がないまま進むことが多いため、家族が最初に異変に気づく重要な存在になります。
また、その後の生活の立て直しやリハビリにおいても、家族の支えが大きな意味を持ちます。

事故前後の変化を記録しておく

高次脳機能障害の立証では、事故前と事故後で本人の様子がどう変わったかが決定的に重要になります。
以前はできていたのにできなくなったこと、性格や行動の変化などを、日付とともに具体的にメモしておくと、後の後遺障害認定で大きな助けになります。
医師や保険会社に口頭で説明するだけでは伝わりにくいため、記録として残すことが大切です。

リハビリと社会復帰の支援

高次脳機能障害には、認知機能を訓練するリハビリや、生活のリズムを整えることで症状の改善が期待できる場合があります。
また、就労が難しくなった場合には、就労移行支援や障害者手帳の取得によって、公的な支援やサービスを受けられることもあります。
一人で抱え込まず、専門の医療機関や支援機関に早めに相談することが、生活の立て直しの第一歩になります。

5.脳機能障害の後遺障害認定について

精神的な脳機能障害の代表的な症状には、記憶障害・注意障害・遂行機能障害・行動障害・性格の変化があります。
医学的には高次脳機能障害と言われるもので、後遺障害認定においては精神障害系の認定基準で判断がされます。

介護第1級(自賠責保険金額4000万円)
・神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの

介護第2級(自賠責保険金額3000万円)
・神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの

第3級(自賠責保険金額2219万円)
・神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの

第5級(自賠責保険金額1574万円)
・神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの 「身体的能力の低下などのため、独力では一般平均人の4分の1程度の労働能力しか残されていないもの」

第7級(自賠責保険金額1051万円)
・神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの 「中程度の障害のために、労働能力が一般平均人以下に明らかに低下しているもので、独力では一般平均人の2分の1程度の労働能力しか残されていないもの」

第9級(自賠責保険金額616万円)
・神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの 「社会通念上、その就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの」

第12級(自賠責保険金額224万円)
・局部に頑固な神経症状を残すもの

第14級(自賠責保険金額75万円)
・局部に神経症状を残すもの

認定には「3つの要件」が重視される

高次脳機能障害の後遺障害認定では、症状を訴えるだけでは足りず、次の3つの客観的な資料がそろっているかが重視されます。
ひとつ目は、MRIやCTなどの画像で脳の損傷が確認できること。
ふたつ目は、事故直後に一定期間の意識障害があったことがカルテなどで確認できること。
みっつ目は、記憶力や注意力の低下を示す神経心理学的検査の結果があることです。
これらを事故の初期からそろえておくことが、適正な等級認定の鍵になります。

【用語解説】神経心理学的検査
記憶力・注意力・遂行能力などの脳の働きを、専門的なテストで数値として測る検査。
高次脳機能障害の程度を客観的に示す資料となり、後遺障害等級の判断材料として重視される。

6.脳機能障害の後遺障害の問題点

脳機能障害の後遺障害認定において、問題点がいくつかあります。

事前に等級の見通しが立てにくい

等級の説明を見ると、常に介護を要する、随時介護を要する、と事前に等級の判別がつきにくいことが多い点です。
そのため、医者が後遺障害等級でいうと5級くらいかな、と言って診断書を書いてくれたのに、自賠責で認定されたのは9級だった、とか、仕事ができなくなったので最低でも9級と思っていたが後遺障害等級の認定がされなかった、ということがあります。

既往症がある場合には、差額が支給される

また、以前より認知症を患っていたり発達障害があったりした場合には、後遺障害等級が受けられても、等級そのままの慰謝料は支払われません。
例えば、交通事故以前から第9級相当の症状があり、交通事故の後遺症で第3級相当となった場合には、自賠責基準の第3級の2219万円が支払われるのではなく、第9級の616万円を引いた1603万円が支払われます。

高齢者の場合、もともとの脳の衰えを調整される

特に高齢者の場合には、個人差はあっても加齢のために大なり小なりの脳機能の衰えがあるため、それを加味して判断されます。
そのため、80歳の父は交通事故以前はしっかりしていたが交通事故以降物忘れの症状が出てきた、との主張をしても、物忘れの程度が同年代の男性と比べて年齢相応、と判断された場合には、後遺障害認定がされないこともあります。

心因性との区別が難しいケースがある

では、若年層に高次脳機能障害の症状が出た場合、すんなりと後遺障害認定が受けられるかというとそうでもありません。
判例を見ても、被害者は脳の機能に障害がある高次脳機能障害と主張をしても、裁判所は心因性、つまり脳自体に異常があるわけではなくストレスなどによるものと判断し、より軽度の後遺障害等級の認定や、後遺障害認定を認めないケースもあります。

7.適正な認定と賠償のために、早めの弁護士相談を

一度自賠責保険から後遺障害認定がされてしまうと、等級の変更がかなり難しくなるため、1度目の後遺障害等級認定の申請の時点で正しい後遺障害等級を受けることが重要と言えます。
そのため、1度目の後遺障害等級認定の申請前に、交通事故に詳しい弁護士に相談をして、申請書類の内容をチェックしてもらう方がより安全と言えます。

高次脳機能障害は、慰謝料だけでなく、労働能力が低下した分の逸失利益や、重度の場合には将来の介護費用も高額になります。
これらを漏れなく請求するには専門的な知識が必要で、被害者側と保険会社側で主張が食い違いやすい分野です。

【用語解説】自賠責基準と弁護士基準(判例基準)
自賠責基準は、自賠責保険から支払われる最低限の補償額を算定する基準。
弁護士基準(判例基準)は、過去の裁判例をもとにした基準で、3つある算定基準の中で最も高額になる。
高次脳機能障害のような重い後遺障害では、この差が数千万円になることもある。

ご自身やご家族の自動車保険に弁護士費用特約が付いていれば、多くの場合300万円まで弁護士費用が保険で賄われ、特約を使っても保険等級は下がらないのが一般的です。
高次脳機能障害は、見えない障害だからこそ、客観的な証拠の積み重ねと専門的な対応が欠かせません。
本人と家族の一生を左右する問題だからこそ、交通事故に詳しい弁護士へ早めに相談することをご検討ください。