脳の後遺障害

角膜に傷がつくケース 眼に関する日常生活への影響

脳は身体全体の司令塔とも言える器官であるため、身体の中でもっとも重要な器官であると言えます。
脳は『水の中に浮かんだ豆腐』と称されるように、大変柔らかくデリケートな器官で、頭蓋骨の中で脳漿(脳脊髄液)の中に浮かんでいるような状態で、身体の各器官から送られる情報を受け取り、適切に処理をして各器官に指令を出すため、膨大な酸素(血液)と栄養(ブドウ糖など)が必要です。
そのため、酸素欠乏症や空腹時には、脳が正常に働かなくなり、俗に言う『頭が回らない』状態になったり、気を失ったりします。
身体の中でも最も重要な器官を守るため、頭蓋骨は厚く硬い骨なのですが、交通事故などの激しい衝撃で頭蓋骨骨折が起こる場合があります。
骨折をした頭蓋骨が脳を傷つけてしまうと、脳に重大な障害を与えてしまうことがあります。
また、頭蓋骨骨折をしなくとも、脳脊髄液内で浮いている脳が衝撃で頭蓋骨に衝突し、脳内出血や脳浮腫を引き起こすこともあります。
脳の後遺障害は、麻痺のように目に見えるものから、記憶力や感情の変化のように周囲から気づかれにくいものまで幅広く、交通事故の後遺障害の中でも特に判断が難しい分野です。
この記事では、脳の仕組みと働き、脳損傷が日常生活に与える影響、見落とされやすい高次脳機能障害、そして後遺障害等級の認定や慰謝料まで、まとめて解説します。

1.脳の構造と、部位ごとの働き

脳は『大脳』と『小脳』の2つに分けられます。
大脳は脳の約85%を占めており、思考や感情など『人間が人間らしくいられる』ものを司っています。
一方小脳は脳全体の10%ほどで、知覚と運動神経のコントロールを担っており、平衡・筋緊張・随意筋運動の調節を行っています。

大脳は4つの部位に分かれている

さらに大脳は、『前頭葉』・『頭頂葉』・『側頭葉』・『後頭葉』の4つに分けられます。
前頭葉は、論理的思考や計算など知的な活動を司っており、人類が発展していったのも進化による前頭葉の肥大化が一因とも言われています。
頭頂葉は五感・温感・冷感・痛感の信号を受け取り、感知した情報を皮膚に送り返します。
側頭葉は音声や文章を理解しており、ここに損傷が起こると
『声は聞こえているが理解できない』
『書かれている文章が理解できない』
といったことが起こります。
後頭葉は視覚と綿密な関わりがあり、色彩などを認識しています。
さらに、扁桃体は感情を処理し、学習や記憶に関係してきます。
海馬は短期記憶をつかさどり、海馬で記憶されたものを選別して、残ったものを長期記憶へと変化させます。
このように脳は1塊に見えても、働いている箇所により役割も違うため、怪我で損傷をしたり、浮腫が起こり細胞が破壊されたり、血流が足りずに酸素欠乏から壊死してしまうと、それぞれが司っている器官に障害が現れます。

【用語解説】脳浮腫(のうふしゅ)
脳の組織に水分が過剰にたまり、脳が腫れあがった状態のこと。
頭蓋骨という硬い容れ物の中で脳が膨らむため、脳が圧迫されて損傷が広がり、命にかかわることもある。
交通事故直後は症状が軽くても、あとから脳浮腫が進行して急変することがある。

2.「麻痺」が脳障害の典型的な症状

運動面で一番多く現れるのが麻痺です。
例えば歩く動作の場合、脳が足をあげて前に1歩だすために、足の筋肉を収縮させろと脳から命令が行きます。
命令を受け取った足は曲げ始めますが、バランスを崩して転倒しないように、脳が身体の現在の状況を視覚や平衡器官などで確認しつつ、腕などを使ってバランスを取りに行きます。
その間、呼吸をしたり温度を肌で感じたりと、脳はフル活動で働いているため、どれか1つでも脳の機能に障害があると、うまく歩けなくなってしまう可能性が大きいのです。

脳細胞は再生しないため完治が難しい

また、脳の細胞は約150億あるのですが、25歳を過ぎた頃から脳細胞は毎日約10万個死んでいき再生しません。
そのため脳に何らかのダメージを負ってしまうと、再生しないため完治は難しいと言えます。
リハビリや訓練で脳機能が回復したり、脳障害による身体の機能不全が軽減されることがあるのですが、これは脳が損傷した部分そのものが回復したのではありません。
リハビリなどにより脳の中にある神経伝達回路が増えたり太くなることで、情報のやり取りが複雑なものにも対応でき、かつスムーズに行えるようになるのが理由のひとつです。
また、考えたり体を動かすことにより脳が活性化したり、血流量の増加により活発化するため、脳障害にリハビリが有効であると言えます。
そのため、交通事故で脳に障害が出た場合には、示談後も継続的なリハビリを行う必要があると言えます。

【用語解説】神経可塑性(しんけいかそせい)
脳の神経回路が、経験や訓練に応じてつなぎ変わったり強くなったりする性質のこと。
損傷した脳細胞そのものは戻らなくても、残った回路が働きを肩代わりできる場合がある。
脳のリハビリが効果を持つのは、この神経可塑性が働くためとされている。

3.日常生活への影響

脳は身体の司令塔であるため、交通事故で後遺障害を負ってしまうと、あらゆるパターンの後遺障害が生じます。
一番重篤なものが脳死です。
脳が死亡してしまうと、身体が健康であっても脳から生命維持に必要な指令が来ないため、身体は生命活動をやめてしまい、人工呼吸器などの生命維持装置なしでは生きることができません。

「遷延性意識障害」は非常に重い障害です

次に重篤なものが遷延性意識障害です。
脳死と遷延性意識障害との違いは、脳死は脳波がフラットで脳が機能していない状態なのですが、遷延性意識障害は大脳などに障害があり意識不明ではありますが、生命維持に必要な脳幹や小脳は機能しており、自発呼吸などの生命維持を自力で行える点にあります。

【用語解説】遷延性意識障害(せんえんせいいしきしょうがい)
いわゆる植物状態のこと。
自力で呼吸はできるものの、意思の疎通がとれず、寝たきりで常に介護を必要とする状態を指す。
脳死とは異なり脳幹などが機能しているため、生命は維持されている。

脳による麻痺は全身どこにでも起こる

脳の障害で生じる日常生活の支障で、主なものでは麻痺が上げられます。
交通事故による脳のダメージによる麻痺と混同されて言葉が使われる脳性麻痺ですが、脳性麻痺は胎児や乳児の時になんらかの脳の障害が生じて発症するもので別物です。
脳の障害で起こる麻痺ですが、原因がいくつかあります。
『運動を司る部分の脳に障害がある』『神経伝達を司る部分の脳に障害がある』『血流を司る部分の脳に障害がある』など、同じ麻痺のように見えても起因が違うことが多々あります。
脊髄損傷の場合は脊髄の構造上麻痺が起こるのは足であることが多いのですが、脳の場合は全身の神経とつながっているため足に多く現れるとは限りません。
手や指、肩や顔などのほかに、腹部や臀部など部分的に麻痺が現れることもあれば、複数箇所、身体全体に麻痺が起こるケースもあります。
麻痺の強さも違い、筋肉が硬直して関節も動かせない、筋肉が弛緩して力が全く入らない、口がうまく動かないため明瞭に発声できず会話がしづらい、軽いしびれを感じるが他のことをしていると気にならない、というように個人差があります。

予想しない場所が麻痺することがあります

脳は体全体の神経の司令塔であるため、あらゆる場所に障害が現れる可能性があります。
交通事故で顔面を強打してから臭いを感じなくなったので鼻に障害があるのかと思ったら、脳に損傷箇所が見つかった、というケースがあります。
交通事故後、怪我をした足が冷たくこわばった感じがあるので精密検査をしてみたら、反射性交感神経萎縮症で、足自体に問題はないが交感神経と脳に問題があった、というケースもあります。
交通事故前にはなかった難聴が発症したので耳の精密検査を受けたが異常がなく、念のため脳の精密検査を受けたところ脳に異常があった、ということもあります。
このように、交通事故以前と比べて日常生活に支障が出るほどの異常が出ているにもかかわらず、患部の精密検査をしても異常が見つからず、全身の精密検査をしてやっと脳の損傷が原因であったと分かることもあります。

軽いケガでも脳障害が発生する可能性があります

高齢者が交通事故にあった場合には、年齢的なもの、と医者自体も看過してしまうことがあります。
特に、交通事故前から足が痛かったが事故にあってからは足が上手く動かない、という場合には、レントゲンを見ても足や脊髄に問題はないのでたまたま交通事故のタイミングで痛みが出ただけ、湿布と鎮痛剤で数週間治療すれば元に戻るだろう、と医師も判断してしまうことが多いです。
『脳の損傷』というと頭を強烈に打った場合に起こると思いがちですが、実際は転倒程度の衝撃でも脳の損傷が起こるため、数十キロで走行する何トンもある自動車の衝突で脳に障害が起こることも十分あり得ます。
頭を直接的に打っていなくとも、揺さぶられることで頭蓋骨内で脳が頭蓋骨にぶつかり、脳にダメージが生じることがあり、乳幼児の『揺さぶられっ子症候群』と同じ原理です。
脳の障害により日常生活に支障が出ると、基本的に交通事故以前の状態に回復することは非常に難しいです。
脳細胞は再生しないため、一度ダメージを負ってしまうと回復せず、発症した症状は後遺症として一生付き合わなければならないからです。

4.見落とされやすい「高次脳機能障害」

交通事故の脳の後遺障害で、麻痺と並んで重要なのが高次脳機能障害です。
高次脳機能障害とは、記憶・注意・思考・感情のコントロールといった、脳の高度な働きに障害が出る状態を指します。
手足の麻痺のように外から見て分かる障害ではないため、本人も家族も気づきにくく、周囲から怠けている、性格が変わった、と誤解されてしまうことも少なくありません。

主な症状

高次脳機能障害の代表的な症状には、次のようなものがあります。
・新しいことを覚えられない、約束を忘れるといった記憶障害
・気が散りやすく作業を続けられない注意障害
・段取りを立てて物事を進められない遂行機能障害
・怒りっぽくなる、感情を抑えられないといった社会的行動障害
これらが重なると、事故前と同じ仕事や生活が送れなくなり、本人にとっても家族にとっても大きな負担となります。

診断には専門的な検査が必要

高次脳機能障害の立証には、MRIやCTといった画像検査に加えて、記憶力や注意力を数値で測る神経心理学的検査が重要になります。
また、事故前と事故後で本人の様子がどう変わったかを、家族が日常生活の記録として残しておくことも、認定を受けるうえで大きな助けになります。
症状が目に見えにくいだけに、客観的な証拠を積み重ねることが適正な認定への近道です。

【用語解説】高次脳機能障害
脳の損傷によって、記憶・注意・判断・感情の制御などの高度な機能に障害が生じた状態。
外見や身体機能に異常がなくても発症するため、見えない障害とも呼ばれる。
後遺障害としては、症状の程度に応じて第1級から第9級などに認定される。

5.脳に関する後遺障害認定について

交通事故での脳に関する後遺障害は、脳にどれだけの障害を受けているかではなく、どれだけの障害が現れているかが重要になります。
脳は体全体の司令塔であり、脳に障害があると体のどの部分にも障害が出る可能性があり、また麻痺や機能不全など症状の現れ方も様々になります。
脳の障害に対する後遺障害認定の要件は、症状別に細かく条件付けされています。

第1級(自賠責保険金額3000万円)
・両目を失明したもの
・両上肢の用を廃したもの
・咀嚼及び言語の機能を廃したもの
・胸腹部臓器に著しい障害を残し、常に介護を要するもの

第2級(自賠責保険金額2590万円)
・1眼が失明し、他眼の視力が0.02以下になったもの
・両眼の視力が0.02以下になったもの
・胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、随時介護を要するもの

第3級(自賠責保険金額2219万円)
・1眼が失明し、他眼の視力が0.06以下になったもの
・咀嚼又は言語の機能を廃したもの
・胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの

第4級(自賠責保険金額1889万円)
・両手の手指の全部の用を廃したもの
・咀嚼及び言語の機能に著しい障害を残すもの
・両目の視力が0.06以下になったもの
・両耳の聴力を全く失ったもの

第5級(自賠責保険金額1574万円)
・1上肢の用を廃したもの
・1眼が失明し、他眼の視力が0.1以下になったもの
・胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの

第6級(自賠責保険金額1296万円)
・1上肢の3大関節中の2関節の用を廃したもの
・咀嚼または言語の機能に著しい障害を残すもの
・両目の視力が0.1以下になったもの
・両耳の聴力が耳に接しなければ大声を解することができない程度になったもの

第7級(自賠責保険金額1051万円)
・1手の5の手指または親指を含み4の手指の用を廃したもの
・1眼が失明し、他眼の視力が0.6以下になったもの
・両耳の聴力が40cm以上の距離では普通の話し声を解することができない程度になったもの
・胸腹部臓器の機能に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの

第8級(自賠責保険金額819万円)
・1手の親指を含み3の手指の用を廃したもの、または親指以外の4の手指の用を廃したもの
・1眼が失明し、または1眼の視力が0.02以下になったもの

第9級(自賠責保険金額616万円)
・1手の親指を含み2の手指の用を廃したもの、または親指以外の3の手指の用を廃したもの
・咀嚼及び言語の機能に障害を残すもの
・両目の視力が0.6以下になったもの
・1耳の聴力を全く失ったもの
・胸腹部臓器の機能に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの

第10級(自賠責保険金額461万円)
・1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの
・咀嚼又は言語の機能に障害を残すもの
・1眼の視力が0.1以下になったもの

第11級(自賠責保険金額331万円)
・両眼の眼球に著しい調節機能障害または運動障害を残すもの
・両眼のまぶたに著しい運動障害を残すもの
・胸腹部臓器に障害を残し、労務の遂行に相当な程度の支障があるもの

第12級(自賠責保険金額224万円)
・1手の人差指、中指または薬指の用を廃したもの
・局部に頑固な神経症状を残すもの
・味覚脱失
・声帯麻痺による著しいかすれ声
・耳鳴りに係る検査によって難聴に伴い著しい耳鳴が常時あると評価できるもの

第13級(自賠責保険金額139万円)
・1手の小指の用を廃したもの
・胸腹部臓器の機能に障害を残すもの

第14級(自賠責保険金額75万円)
・局部に神経症状を残すもの
・難聴に伴い常時耳鳴があることが合理的に証明できるもの

脳は全身に関係をしているため、神経系の後遺障害が起こる可能性があり、後遺障害認定の範囲も非常に幅広くなります。

実際に、被害者の生活に支障が発生しているかどうかが重視されます

脳が起因とする後遺障害で問題となるのが、患部に異常がなく患者が症状を訴えている場合です。
この場合、裁判所は診断書の内容を重視するだけでなく、被害者の実際の生活にどれだけの支障が出ているかも判断材料とします。
そのため、家族や周囲の人が、事故前後で本人がどう変わったかを具体的に記録しておくことが、認定を左右する重要な資料になります。

6.脳の後遺障害の慰謝料と弁護士相談の重要性

後遺障害認定されるか否かで、後遺障害慰謝料が支払われるかどうかが変わってくるのですが、弁護士を通じて請求する場合には判例基準で請求するため、自賠責基準に比べると大幅に増額します。
自賠責基準だと慰謝料部分は第1級で1100万円、第2級で958万円、第4級で712万円、第9級で245万円、第11級で135万円です。
しかし判例基準ですと第1級で2800万円、第2級で2370万円、第4級で1670万円、第9級で690万円、第11級で420万円なので、差は3倍近くなります。

【用語解説】自賠責基準と弁護士基準(判例基準)
自賠責基準は、自賠責保険から支払われる最低限の補償額を算定する基準。
弁護士基準(判例基準)は、過去の裁判例をもとにした基準で、3つある算定基準の中で最も高額になる。
同じ後遺障害でも、どの基準で計算するかによって慰謝料が大きく変わる。

脳の後遺障害、とりわけ重度の遷延性意識障害や高次脳機能障害の場合には、慰謝料だけでなく、将来の介護費用や逸失利益も高額になります。
これらを漏れなく請求するには専門的な知識が必要で、被害者側と保険会社側で主張が食い違いやすいのが実情です。
ご自身やご家族の自動車保険に弁護士費用特約が付いていれば、多くの場合300万円まで弁護士費用が保険で賄われ、特約を使っても保険等級は下がらないのが一般的です。
脳の後遺障害は症状が目に見えにくく、適正な等級を得るには証拠の積み重ねが欠かせません。
一生涯を見据えた適正な賠償を受けるためにも、交通事故に詳しい弁護士へ早めに相談することをご検討ください。