逸失利益の基礎収入はどう決まる|自営業・専業主婦・無職の場合を高松の弁護士が解説

2026.08.02

交通事故で家族を亡くしたとき、賠償の中でいちばん大きな金額になるのが、逸失利益です。
その人が生きていれば、これから稼いだはずのお金。
それを、まとめて請求する項目です。

ところが、この計算には、はっきりした答えがありません。
特に、給与明細のない方の場合は、そうです。

不動産業を営んでいた高松のBさん。
育児のために仕事を辞めた、専業主婦のC子さん。
転職活動の最中だったDさん。

この3人は、いずれも事故で亡くなりました。
そして、いずれも、いくら稼いでいたかを、簡単には示せません。

この記事では、次のことをお伝えします。

・逸失利益の計算式を、部分ごとに分解して読む方法
・自営業者が、節税をしていたせいで不利になるという構造
・専業主婦の家事労働に、最高裁が金銭的な評価を認めた理由
・無職・失業中でも逸失利益が認められる、その分かれ目
・後遺障害で廃業した場合に、等級だけでは足りない理由
・相手が自転車だった場合の、支払能力の問題

数字の話が多くなりますが、できるだけかみ砕いて説明します。

1 逸失利益とは、失われた未来の収入のこと

1-1 計算式を、3つに分けて見る

死亡した場合の逸失利益は、次の式で計算します。

基礎収入 ×(1 - 生活費控除率)× 就労可能年数に応じた係数

かけ算が3つ並んでいるだけです。
そして、争いになるのも、この3か所だけです。

基礎収入。
その人が、1年間にいくら稼いでいたと評価するか。

生活費控除率。
そこから、本人の生活費として何割を引くか。

係数。
あと何年働けたと考えるか。

どこで争っているのかが分かれば、話は整理できます。
そして、給与所得者以外の方でもめるのは、ほぼ例外なく、1つめの基礎収入です。

1-2 生活費控除という、聞き慣れない引き算

亡くなった方は、これから収入を得られません。
しかし同時に、これから生活費も使いません。
食費も、衣服代も、支出せずに済みます。

そこで、その分を差し引きます。
これが生活費控除です。

裁判の実務では、おおよそ次の割合が目安とされています。

一家の大黒柱で、扶養している家族が1人の場合は、40パーセント。
扶養家族が2人以上の場合は、30パーセント。
女性の場合は、30パーセント。
独身男性の場合は、50パーセント。

ここで、一つ気づくことがあります。
女性のほうが、控除される割合が低いのです。

一見すると、女性に有利な扱いに見えます。
しかし実際には、基礎収入として使われる平均賃金そのものが、男性より低く設定されています。
控除率で少し戻しても、総額では追いつきません。
この点は、実務でも議論が続いているところです。

1-3 なぜ、年数をそのまま掛けないのか

たとえば、あと30年働けたとします。
年収500万円なら、単純計算で1億5000万円です。

ところが、実際の計算はそうなりません。
将来もらうはずだったお金を、いま一度に受け取るからです。

いま受け取ったお金は、運用すれば増えます。
だから、その増える分をあらかじめ差し引きます。
これを中間利息控除といいます。

この計算のために使う数字が、ライプニッツ係数です。
2020年4月1日以降に起きた事故では、年3パーセントで計算されます。
それより前の事故では、年5パーセントでした。

30年分の係数は、単純な30ではありません。
年3パーセントで計算すると、およそ19.6です。
つまり、30年分ではなく、実質19.6年分になります。

【用語解説】ライプニッツ係数
将来受け取るはずのお金を、いまの価値に直すための数字です。
年数が長くなるほど、係数の伸びは緩やかになります。
国土交通省や裁判所が公表している一覧表を使って計算します。

2 自営業者の基礎収入は、確定申告書がすべてなのか

2-1 原則は、前年の申告所得

不動産業を営んでいたBさんのようなケースです。

原則として、事故の前年の確定申告の所得額が、基礎収入になります。
このとき、青色申告特別控除を引く前の金額で見ます。
控除は税金を計算するための制度であって、実際の稼ぎが減ったわけではないからです。

注意していただきたいのは、売上ではないという点です。
売上から必要経費を引いた、所得の額です。
売上が3000万円あっても、所得が600万円であれば、出発点は600万円になります。

2-2 確定申告をしていなかった場合

では、申告そのものをしていなかった場合はどうなるのでしょうか。
まったく認められないのでしょうか。

そうではありません。
相当の収入があったと認められる場合には、賃金センサスの平均賃金を参考にして、基礎収入が認定されることがあります。

ただし、認めてもらうには、収入の実態を示す資料が必要です。
取引先との契約書。
請求書や領収書の控え。
預金通帳の入金記録。

このあたりは、ご遺族が探し出すしかありません。

【用語解説】賃金センサス
国が毎年行っている、賃金構造基本統計調査のことです。
男女別、年齢別、学歴別に、平均賃金がまとめられています。
収入を証明しにくい方の基礎収入を決めるときに、広く使われています。

2-3 申告より多く稼いでいた場合

実際には申告額以上の収入があった、という主張も可能です。
それが違法に得たものでない限り、認められる余地はあります。

ただし、判断は厳しくなります。
理由は単純です。
実際に得ていたのに、そのとおりに申告していなかったからです。

ここに、自営業者特有の、苦い構造があります。

経費を多めに計上し、所得を圧縮する。
節税としては、ごく一般的な工夫です。
しかし事故が起きた瞬間、その圧縮された数字が、その人の稼ぎとして扱われます。

何十年も現場を支えてきた方の人生が、税務署に出した1枚の紙で評価される。
これは、実務でしばしば直面する現実です。

【弁護士の視点】将来の見込みを主張できる場合がある
所得が平均賃金を下回っていても、あきらめる必要はありません。
開業して間もない方、事業が伸びている途中だった方については、将来的に平均賃金程度を得られた見込みが高い、という主張が可能です。
年齢、営業の状況、業界の動向を示して、一定の割合で認められた例があります。
決算書を過去数年分そろえて、伸びの傾向を示すことが出発点になります。

2-4 家族で事業を営んでいた場合

家族全員で事業をしていた場合はどうでしょうか。

このときは、事業の収益のうち、本人がどれだけ貢献していたかを考えます。
これを本人寄与率といいます。
事業収益に本人寄与率を掛けた部分が、逸失利益の計算の基礎になります。

では、逆のケースはどうでしょう。
形式上は家族に給与を支払う形で申告しているけれども、実際にはほとんど本人一人で事業を回していた。
そういう場合です。

このときは、本人の申告年収に、家族へ支払ったことになっている給与額を加算した額が、基礎になることがあります。
実態が、書類とずれているからです。

2-5 見落とされやすい、固定経費の扱い

もう一つ、自営業者だからこそ主張できる項目があります。

事務所の家賃。
リース料。
損害保険料。
従業員の給与。

これらは、事業が止まっても支払いが続きます。
働けなくなっても消えない支出です。

こうした固定経費については、損害として加算を求める余地があります。
所得額だけを見て話を進めると、この部分が抜け落ちてしまいます。

3 専業主婦の家事労働は、評価されるのか

3-1 最高裁は、昭和49年に答えを出しています

ごくまれに、こういう主張をする方がいます。
専業主婦はお金を稼いでいないのだから、治療費だけ払えばよい、と。

これは、誤りです。

最高裁は、昭和49年7月19日の判決で、家事労働も金銭的に評価できると判断しました。
専業主婦であっても、働ける年数まで、女性労働者の平均賃金にあたる収益を上げていると考えられる。
そう述べています。

つまり、家事は無償で行われているだけであって、価値がないわけではない、ということです。
外部に頼めば、必ず費用が発生します。
その事実に着目した判断です。

C子さんのように、育児に専念していた方であっても、逸失利益は認められます。

3-2 兼業主婦は、足し算にはなりません

では、パートで働きながら家事もしていた方はどうでしょうか。
パート収入と、家事労働分を、足せるのでしょうか。

足せません。
最高裁は、昭和62年1月19日の判決で、そのような加算はしないという立場をとりました。

考え方はこうです。
実際の収入が女性の平均賃金を上回っていれば、その実収入を使う。
下回っていれば、女性の平均賃金を使う。
どちらか高いほうを採る、という整理です。

一見すると、損をしているように見えます。
しかし、パート収入が年80万円だった方でも、平均賃金で計算してもらえるということでもあります。
実際には、多くの場合、平均賃金のほうが有利になります。

3-3 大切なのは、他人のために行う家事かどうか

どのような家事でもよい、というわけではありません。
他人のために行う家事労働であることが必要です。

一人暮らしで、自分のためだけに家事をしていた場合は、これにあたりません。
自分の身の回りのことは、誰でもしているからです。

一方で、次の点は問われません。

家事をする人の性別。
男性であっても、主夫として家事を担っていれば同じです。

家事の提供を受ける人が、収入を得ているかどうか。
相手が年金生活であっても、学生であっても、変わりません。

基準は、他人のために行っているか。
その一点です。

3-4 自賠責の基準と、裁判の基準の差

ここで、金額の話をします。

主婦の休業損害について、自賠責保険の基準は、原則として1日6100円です。
これは、令和2年4月1日以降の事故についての金額です。

一方、裁判の基準では、賃金センサスの女性全年齢平均をもとに日額を出します。
女性の全年齢平均賃金は、近年おおむね年400万円前後で推移しています。
365日で割ると、1日あたり1万円を超えます。

同じ主婦の、同じ日数について、日額が倍近く違うのです。

保険会社が低い金額を提示してくるのは、担当者の人柄の問題ではありません。
見ている表が、そもそも違うのです。

なお、年齢が高くなると、金額が下がることがあります。
年齢や体の状態から見て、平均賃金に相当する労働は難しいと判断される場合には、年齢別の平均賃金が参考にされ、減額されることがあるからです。

そして、亡くなった場合には、主婦であっても生活費控除は行われます。
生きていれば支出したはずの生活費は、差し引かれるという考え方です。

4 無職・失業中だった場合はどうなるか

4-1 分かれ目は、働いていた可能性

会社を辞め、転職活動をしていたDさんのケースです。

結論から言えば、逸失利益が認められる場合が多いです。

判断の分かれ目は、将来働いていた可能性が高いかどうかです。
年齢、職歴、働く意欲、働く能力。
これらを総合して判断されます。

Dさんは、前職を辞めて次を探している最中でした。
事故がなければ、高松で再就職していた可能性は高いといえます。
ですから、逸失利益は認められます。

逆に、就労の可能性が低いと判断される場合もあります。
定年退職後、長年にわたって年金だけで生活していた場合などです。

ただし、この場合でも例外があります。
住宅ローンが残っていた。
扶養している家族がいた。
そうした事情があり、働く必要性があったと認められる場合には、逸失利益が肯定される可能性があります。

4-2 立場ごとの、基礎収入の考え方

無職の方の場合、問題になるのは基礎収入をどう決めるかです。
実務では、おおむね次のように整理されています。

幼児・学生・生徒の場合。
原則として、全年齢の平均賃金によります。

大学生およびこれに準じる方の場合。
学歴を考慮した平均賃金をもとに算出します。

30歳未満の方の場合。
全年齢の平均賃金に相当する収入を得られる可能性が高ければ、その平均賃金によります。
若い方は、これから収入が伸びていくと考えられるためです。

失業者の場合。
再就職の可能性が高ければ、再就職によって得られたと認められる収入額によります。

このとき役に立つのが、求職活動の記録です。
応募先とのやり取り、面接の予定、ハローワークの記録。
働く意思があったことを示す、具体的な資料になります。

4-3 実際に認められた例

裁判では、次のような判断がされています。

仕事を辞め、公害病の認定による補償金や生活保護で生活していた方の事案。
発作が改善に向かっており、前の仕事に戻る意欲を持っていました。
この方については、男性で中学卒業、60歳以上の平均賃金の65パーセントを基礎として、11年分の逸失利益が認められました。
大阪地方裁判所の、平成12年の判決です。

もう一つは、69歳で無職の女性の事案です。
事故当時は一人暮らしでしたが、長男の家族と同居して家事を分担する可能性がありました。
この方については、賃金センサスの女性・学歴計・65歳以上の平均年収の7割を基礎収入として、逸失利益が認められています。

どちらも、満額ではありません。
しかし、ゼロでもありません。
実務の判断は、この中間にある、ということです。

5 あと何年働けたか、という問題

就労可能年数は、原則として67歳までとされています。

では、67歳に近い方や、すでに超えている方はどうなるのでしょうか。

この場合は、67歳までの年数と、平均余命の2分の1にあたる年数とを比べ、長いほうを採ります。
70歳の方でも、逸失利益がゼロになるわけではありません。

逆の難しさもあります。
タレントやプロスポーツ選手のように、本人の才能がそのまま収入になる職業です。

こうした職業では、67歳まで同じ仕事を続けることは、現実には困難です。
収入の変動も激しく、事故当時の収入をそのまま将来にあてはめるのが妥当でないこともあります。

そこで、一定の年齢までは実際の収入を基礎とし、それ以降は平均賃金を参考にする、という考え方がとられることがあります。

一見すると、高収入の方に不利な扱いに思えます。
しかし、この方法には別の面もあります。
たまたま事故の前年が不調だった選手について、その年の収入だけで一生分を決めない、という機能も持っているのです。

6 後遺障害の場合、等級だけでは足りないことがある

ここまでは、亡くなった場合の話をしてきました。
後遺障害が残った場合も、考え方の骨組みは同じです。

ただし、生活費控除はありません。
代わりに、等級ごとに定められた労働能力喪失率を掛けます。

ここで、深刻な問題が起きることがあります。

たとえば、運転を仕事にしていた自営業の方が、後遺障害のために廃業せざるを得なくなった場合です。

認定された等級が低ければ、喪失率も低くなります。
14級なら5パーセント、12級なら14パーセントが目安です。

しかし、実際には収入がゼロになっています。
喪失率5パーセントという数字と、廃業という現実との間に、大きな開きが生じます。

このような場合、被害者側から、実際に失った収入は認定された割合より大きいことを立証していくことになります。

具体的には、こういう資料が必要になります。
廃業前後の決算書。
仕事の内容と、その仕事に必要だった身体機能との関係。
代替できる仕事があるかどうか。

そして、率直に申し上げると、この主張を保険会社との話し合いだけで通すのは容易ではありません。
訴訟を視野に入れた対応が必要になることが多い場面です。

納得のいかない認定に、そのまま従っている方は少なくありません。
手続が難しく、一人では動きにくいためです。
けれども、争う余地が制度上残されていることは、知っておいていただきたいと思います。

7 相手が自転車だったとき

金額が計算できることと、実際に受け取れることは、別の話です。

近年、自転車が加害者となる事故が増えています。
この場合、いくつか固有の問題があります。

第一に、自賠責保険がありません。
自動車には強制加入の保険がありますが、自転車にはありません。
相手に支払能力がなければ、賠償を受けられないおそれがあります。

第二に、後遺障害の等級認定という仕組みがありません。
自賠責の手続を使えないため、医師の意見書などをこちらで整えて主張していく必要があります。
手間も費用も、自動車事故より大きくなりがちです。

第三に、過失割合の基準が、自動車事故ほど整理されていません。
そのため、双方の言い分が食い違うと、訴訟になりやすい傾向があります。

では、どうすればよいのでしょうか。

自分の側の保険を確認してください。
人身傷害補償保険。
個人賠償責任保険。
これらは、自動車保険や火災保険の特約として付いていることが多い保険です。
クレジットカードに付帯している場合もあります。

また、自転車保険への加入を条例で定める自治体が、全国的に増えています。
ご自身の地域の内容を、一度確認しておくと安心です。

8 示談は、原則としてやり直せません

最後に、手続の話をします。

示談が成立すると、その内容で解決したことになります。
あとから、やはり金額が少なかった、と言うことは原則としてできません。

ただし、例外はあります。

だまされて合意した場合。
おどされて合意した場合。
こうした場合には、取り消しを主張できます。

もう一つ、実務上とても重要な例外があります。

示談の時点では予想もしていなかった後遺症が、あとから判明した場合です。
最高裁は昭和43年3月15日の判決で、こうした場合について判断を示しています。
損害の全体を正確に把握できない状況で示談したときは、その合意は、当時予想していた損害についてのものにとどまる。
そういう考え方です。

つまり、予想外の重い後遺症については、改めて請求できる余地があります。

とはいえ、これはあくまで例外です。
最初から、急がないことが大切です。

【弁護士の視点】提示された金額の、内訳を見てください
保険会社の担当者は、日常的に交渉をしている方々です。
説明も丁寧で、筋が通っているように聞こえます。
ただ、その計算は、社内の基準に沿ったものです。
確認していただきたいのは、総額ではなく内訳です。
基礎収入をいくらとしているか。
就労可能年数を何年としているか。
この2か所を見るだけで、争点があるかどうかは、かなり判断できます。

9 いま、できること

逸失利益の計算は、機械的な作業に見えます。
しかし実際には、その人がどう働き、どう生きてきたかを、数字に翻訳する作業です。

給与明細のない方ほど、この翻訳が難しくなります。
自営業者。
専業主婦。
求職中の方。

だからこそ、資料が意味を持ちます。

自営業の方であれば、決算書と確定申告書を、過去数年分そろえてください。
契約書や通帳も、収入の実態を示す資料になります。

家事を担っていた方であれば、家族構成と、日々何をしていたかが手がかりになります。

求職中だった方であれば、応募先とのやり取りの記録が残っていないか、探してみてください。

そして、費用のことです。
ご自身やご家族の自動車保険に、弁護士費用特約が付いていないか確認してみてください。
付いていれば、多くの場合、費用の負担なく弁護士に依頼できます。
同居のご家族の契約で使えることもあります。

必ず弁護士に頼んでください、と申し上げるつもりはありません。
金額に納得され、早く区切りをつけたいという判断も、十分に尊重されるべきものです。

ただ、提示された金額の内訳を見て、基礎収入の欄に違和感を覚えたなら。
そのときは、一度確認してみる価値があります。
示談書に署名する前であれば、選択肢はまだ残されています。

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